第三章 華都脱出(四)
部屋は壁こそ無事だったが、板を葺いた屋根はところどころ朽ちて月明かりが漏れていた。
仲興は無口で、一番月の光が降り注ぐ場所に膝を抱えて座っている。やはり怖いのだろう。
「あれから、詩の先生はどうした」
部屋の隅でぼんやりしている伯文に呼びかけると、不機嫌そうな唸り声が返ってきた。
「役人を呼んでおおわらわだ。役人も引き上げようとしていたところでいらいらしていたものだから、先生とけんかになってな」
「役人とけんか?」
「ああ、無茶をなさる。役人が『山麓』での調べは終わったと言って、使用人以外、皆を帰らせて決着だ。先生は最後まで抵抗していた。結局、役人にすごまれて引っ込んだがな」
「大丈夫かな。役人にたてついたら、あとで」
「知らん。ああ見えて、名のある知識人らしい。つてを使って保身するだろう。その騒動のせいで役人が怒って、しばらく『山麓』は閉鎖されることになった」
胸の奥が痛んだ。
「私のせいで、大変なことになったな」
「あの先生が無謀なだけだ。それに、休みを喜んでいる学生もいたぞ、なあ、仲興」
伯文が呼んだ。
仲興の答えはなかった。体を丸め、じっとしている。
私は壁に背をあずけ、くつろぐ。
昔は、厳に怒られる度にここに逃げ込んだものだ。そういえば、怪我をした雀の子をこっそり飼っていたのもここだったし、無事に飛び立たせたのもここだった。
この部屋の思い出は、私を落ち着かせる。
でも、仲興や伯文には、そんな思い出はない。私とは明らかに違う経験をし、異なる記憶を懐かしんでいる。たとえ塾でいつも一緒でも、それ以外の場所では一緒ではない。いちばん深いところでは同じ感情は抱けない。
だから、人であることに飽きずにすむ。
天井の破れ目から覗く月を見上げていると、隣に暖かい風がおりた。
伯文だった。彼は私と同じように壁にもたれ、天井を見上げる。
「いい景色だな」
私は頬に微笑みが浮かぶのを感じた。
時々、こんな奇跡が起きなければ、人でいることは淋しくてたまらないだろう。




