表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/120

第三章 華都脱出(二)

 日はすでに暮れていた。建物も藍色に包まれている。どうやら思っていたよりも長い時間、取り調べられていたらしい。

 廊下は堂から、その隣の部屋にかけて吹き飛んでいた。

 外に周り、窓から堂に入る。

 中にはまだ学生たちがいた。仲興ちゅうこう伯文はくぶんを皆で取り囲んでいる。

「何をしているんだ」

 控えめに学生たちをかき分け、仲興に近づく。

 皆が視線を逸らした。

「陸洋、行こう」

 仲興が袖を引いた。怒ったように頬を赤くしている。

「喧嘩でもしたのか」

「そうじゃない。俺は詩の暗記しか出来ないばかや、裏切り者とは一緒にいたくないんだ」

「裏切り者?」

 いぶかっていると、伯文が腕をつかんだ。

「行こう。喧嘩みたいなものだ。こいつらは、おまえを疑っている」

 慌てて周りを見回す。誰も目を合わせようとしない。

「何だ。殺人犯がまだ、こんなところにいたのか」

 振り向くと詩の先生が腰に手を当てて立っていた。

「共犯はどうした。楊淵季とか言ったか」

 先生の唇の端が、嘲笑するように引きつっている。

 腹の底で羞恥心と怒りが渦巻いた。

 深呼吸をし、気持ちを抑えて先生を真正面から見る。

「先生も、鏡に学長が映ったのを見ていらっしゃったはずです」

 それなのに私を疑うなど、どうかしている。

 私たちの目の前で、学長は確かに首を絞められていた。

 何があろうとそれは真実だ。

「見たとも。何もないのに鏡の中の黄徳志が苦しみ始めた」

「そうであれば」

「しかし、よく考えてみればおかしいことだ。実際、鏡に姿を映し、中に向かって手を動かしただけで人を殺す方法があるのか」

 詩の先生は軽く上を向き、鼻を鳴らした。

「老人は自分で仙人だと言っていました。私たちでは計り知れないことをするかも知れません」

「我々、儒者が仙人を語るとは教えに背いている。欧陸洋おうりくよう。優秀な学生だと聞いておったが、ものの仕組みは全く理解しておらんらしいな。よいか。人を殺すにはその人に触れねばならん」

 じゃあ、毒殺はどうだ、かつては皇帝陛下の食事に毒を盛ろうとした者だっていた。そう言いたかったが、あとから何をされるかと思うと怖くて言えない。

 だが、このままでは気分が収まりそうもない。

「出よう」

 伯文が私の肩に手を掛け、扉に向かせた。視界から先生が消えると、少しだけ怒りがおさまる。

「待て、欧陸洋」

 振り向きたくなかった。詩の先生の顔を見ると、今度こそ怒りが爆発してしまいそうだ。

「この書類に署名したまえ。もう二度と私の授業には出ないという誓約書だ」

 私は拳を握りしめる。

 我慢しなければならない。怒ったところで、皆の誤解が解けるわけでもない。

 それに、父や兄たちに悪い噂がたってもいけない。

 そんなことはわかっていた。

 わかっていたが。

「こら。書くのだ。二枚書きたまえ。楊淵季をどこかに匿っているのだろう。やつの分もだ」

 頭に血が上った。

 私は振り返り、詩の先生から書類を二枚ひったくると、破り捨てる。

 そして、そのまま一人で堂を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ