第十二章 光輝的塔(二)
前回のあらすじ
楊淵季は天君の正体を暴いた。
天君は迂峨過都にある氷河を融かす装置を起動させ、龍鳳洞を破壊する。
迂峨過都の人々は、荷物を運ぶために使われていた船に乗り込み、難を避けようとする。
空には鵬が舞っていた。
同時に、空に向かって幾多の石の玉が打ち上げられた。
それらは鵬を打ち抜いて弾け、激しい炎を散らす。
突然、南方から大型の鵬が舞い上がった。
一機ではなく、数十機だ。
それらは迂峨過都の上空を飛んで周辺に散らばる。
一斉に石の玉が打ち上げられた。
その時だった。
鵬からも、石の玉が打ち出された。
それらは真っ直ぐ下に落ち、下から上がってきた石の玉を押し戻すようにして弾ける。
途端、迂峨過都の周辺にある山から炎の柱が上がった。
「砲台を壊したんだ」
楊淵季が船の縁から身を乗り出した。
「そうですね。この地から出るためには、まずあれを壊さなければならないでしょう」
落ち着いた声で言うと、真孔景は楼閣の軒先に船を引っかけるようにしてとめた。
それから、懐に手を突っ込み、小さな白い包みを取り出す。
「お持ちなさい」
それは、私に向かって差し出されていた。
恐る恐る受け取り包みを開けると、例の石があった。
中に渦巻く赤い煙が、文字を描き始めた。
汝は国を滅ぼす。
文字を見届けると、真孔景は疲れたように笑った。
「これは、真翠淵殿から預かったものです。欧陸洋殿にお渡しするように、と。最後の日が来たらお渡ししようと思っているが、たぶん無理だろう、と。天君が氷河に仕掛けた装置を起動させると同時に、鍵の解けた扉を開け放つ役目があるから、真っ先に流れに飲まれて死んでしまうだろうと」
「私が国を滅ぼす異形であることを、知っていたのですか?」
私は戸惑いながらも、言葉を続けようとした。
なぜ、私を船で連れて上ったのか、異形だと知りながら、どうして殺しもしなかったのか……さまざまな問いが浮かんでは消えて、言葉が出ない。
「我らが天君は三十二年前から、選ばれていない天君だった」
真孔景は私に頷きかけながら、言った。
「あなたもご存じだったんですか」
「当時、真香淵様は医者になりたてだった。助手が必要だったんですよ。私も、間違った支配の形に手を貸した。異形は、迂峨過都に間違いが起こると我々を滅ぼしに来るのです」
「待ってください」楊淵季が水の音に負けないように怒鳴った。「でも、もともと天君の道術は代々いかさまだったはずだ」
真孔景は緩やかに首を振った。
「それでも、選ばれた天君だった。人びとに選ばれたことが重要だったのです。林香葉様は、人びとに選ばれていない」
それから、真孔景は子どもを見るように楊淵季を眺めた。
「ここに来たばかりのころ、あなたは絶食なさった。天君も真翠淵殿も困っておられた。体に穴の開いた針を刺して、栄養を送り込むという方法もあった。だが、あなたがそれにおとなしく従うとも思えなかった。そこへ、欧陸洋殿が玄都から上ってこられた。玄都の情報からすれば、華都からさらわれた学友を追ってきたという。そんな人物なら、あなたを救うかもしれない」
私は真翠淵の言葉を思い出す。
私のような者を連れてきたのは、楊淵季のためであるという言葉を。
「しかし、すでに欧陸洋殿が麓まで来ていることに、我々は衝撃を覚えた。あそこは玄都と違って気球に乗る場所がない。崖の側を通るときに飛び乗れなくもないが、落下する危険もあるから勧めることはできない。玄都に戻ってもらおうにも、麓との往復には六日もかかってしまう」
長いため息を、真孔景がついた。
「我々にできることは、麓の老人の合図に従い、船で欧陸洋殿を迎えに行くことだけだった。あのときに、もう、伝説は始まっていたのです。私は覚悟を決めました。林香葉様たちは、まだ、欧陸洋殿が龍鳳洞の道士となって、味方として働いてくれるという希望を持っていたようだが、それも、最後には、捨てた」
真孔景はふと視線を逸らすと、近くを流れていた船を呼びとめた。
「この方たちを、飛華洞まで運んでくれ。あとは、飛車に乗って、どこか安全なところにおいでになる」
船が近づいてきた。
向こうの船頭が手を振り、飛び移れ、と言った。
楊淵季が慎重な口調で尋ねた。
「あなたはどうするのです」
「これでも、真有公様の親戚なのでね。中には、まだ叔母と、従妹がいる」
「それなら、俺も同じだ」
真孔景は黙って石を指さした。
私たちは顔を見合わせる。
「やってみなさい」
言われて、私は彼に石を差し出した。
彼が手をかざした。
何の文字も浮かばなかった。
代わりに煙の色が変わり、金色になる。
「あなたは、もう人びとに認められた天君だ。そして、あなたがいたから、異形がここにきた。あなたの役目は最初から決まっていた。最後の天君として、迂峨過都の崩壊を見届けることなのです」
途端、体が持ち上がった。
真孔景が私を担いでいた。
そのまま、隣の船に投げ込まれる。
石を懐に押し込んで起きあがろうとすると、楊淵季が腹の上に飛んできた。
咳き込んでいるうちに船は流れ、南に下っていく。
ようやく起きあがって北を見ると、真孔景の船が龍鳳洞の中に消えるのが見えた。
龍鳳洞はすでに山の上部が崩れた状態だった。
崩壊はとまらず、次々と岩が剥がれ落ちている。
金属を削るような音が響いた。
同時に、火薬が弾けるような音もする。
見回すと、やぐらが傾いていた。
木を裂きながら水に向かって倒れていく。
やぐらの屋根が水に沈むと、楼閣の高さほどの水しぶきが上がるのが見え、大きな波が伝わってきた。
私たちは船縁につかまり、北を見つめる。
やぐらはすでに消え、その向こうに光の塔だけが輝いていた。




