表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/120

第十一章 言帰正伝 (一)

 空が白んできた。

 空気はまだ冷たい。

 通りに気車の音がし、(すな)(ぼこり)が舞う。

 先程、()(さん)の葬儀を終えた。

 ()()(どう)の地下にある岩を砕き、穴に彼を横たえると、皆で花を手向けた。

 再び石で蓋をされる間、彼は包帯で巻かれた頭と、血の気のない白い顔、それに縄のあとがある首を私たちに見せていた。

 しかし、穴が塞がれると、ほんの小さな石の山になった。


 葬儀の後、()()(けい)が道士を集め、三百三十三代天君の打倒を告げた。

 私たちは飛華洞の道士数百人とともに(りゆう)(ほう)(どう)近くの草むらに身を隠し、機会をうかがう。

 私たちの隣には洞主がいる。

 (ばい)(じよう)が背負ってきたのだ。


 龍鳳洞の入り口には(かがり)()があり、門番が二人立っていた。

 昼間の男とは交代したようだ。

 月はすでに沈んでいた。

 光の塔も輝きを失っている。

 不意に、あちこちで鶏が鳴き始めた。

 空気の藍色が淡くなり、木々や岩に色が戻る。

 空を鳥が飛び、光の塔の先端に鋭い光が走ったかと思うと、太陽が昇ってきた。

「行くか」

 何虎敬が低く言った。

 そばにいた道士が辺りを見回し、顎をしゃくった。

「まず、俺と(おう)(りく)(よう)で行かせてくれませんか」

 (よう)(えん)()が何虎敬の耳に囁く。

 何虎敬はこちらを見なかった。答えもない。

「あの石によれば、私は天君らしいんですが」

 楊淵季が下手に出ても、何虎敬は黙ったままだった。

「俺たちに任せていただけないと、とんでもないことを知る羽目になりますよ」

「それを知るために来たのだ」

 何虎敬が深い溜息をついた。

「何虎敬殿」

 楊淵季は目を逸らし、うつむく。

 彼を見遣ると、美しい眉には憂いが浮かんでいた。

 白い鼻筋はいよいよ白く、頬は青い。

 瞳の灰色は奥に海をたたえたように潤んでいた。

「何だ」

「運命と伝説と、どちらを恨みますか」

 弾かれたように何虎敬がこちらを向いた。

「どういうことだ」

 楊淵季は答えなかった。

 何虎敬は舌打ちすると、周りの道士を見回した。

「行くぞ」

 何虎敬が立ち上がると、黒い着物を着た道士たちが、いっせいに通りに飛び出した。

 大通りは黒く染まり、響き渡る鐘の音のように押し寄せる。

 ふと、上空を虹色の鳥が飛んでいき、旋回して戻ってきた。

 (おう)()だ。

 鸚鵡は楊淵季の肩に真っ直ぐ下りてきて、つかまり直すことなくとまる。

 そしてちらっと私に目を向け、欧陸洋、と呼んだ。

 門に辿り着くと、門番たちが槍を向けた。

「とまれ」

 だが、門番たちは数人の道士に押し倒されるようにして視界から消える。

 道士たちは階段を駆け上がった。

 押し出された道士が、階段の端から洞窟の中に落ちる。

 先頭には何虎敬の頭が見えた。

 しきりに振り返り、道士たちを励ましている。

 最後尾を走っていると、前方から人をかき分け戻って来る男がいた。

 梅乗だ。

「楊淵季殿」

 洞主のしわがれた声がした。

「おぬしは、この先起こることを知っているのか」

 楊淵季は足元を気づかいながら見上げる。

「あの人が、何も考えていないとは思えません。悪い予感はしています」

「それでも、天君を暴くのか」

 楊淵季は足をとめた。

 慌てて私や梅乗も立ち止まる。

「ただ真実を言うだけです。俺は関わらなくてはいけない。そしてこれが、これまでの天君の行いに対する、一番まっとうな関わりかたです」

 その時、前方で大声が響いた。

「開門」

 何虎敬が叫んでいる。

 他の道士が扉を叩いていた。

 扉が開く気配はない。

「あれは、鸚鵡にしか開けられないじゃろう」

 洞主が梅乗の頭に手をかけ、首を伸ばす。 

「声錠なんですか」

 楊淵季が驚いたように洞主を見上げた。

「内側からは誰でも開けられる。が、外からは鸚鵡の声にしか反応しないのでな。行って来なさい」

 背中を押され、前にいる道士たちをかき分け始める。

 扉に辿り着くと、楊淵季が鸚鵡を手にとまらせ、高く掲げた。

 かすれた声で鸚鵡が叫んだ。

「開門」

 同時に、扉がこちらに向かって開き、数人がなぎ倒された。

 何虎敬が他の道士たちと共になだれ込む。

「偽天君を誅殺する」

 鏡の間の方で道士たちの歓声が上がった。


 私たちはまだ、扉の外にいた。

 楊淵季は固まったように立ち止まっている。

 梅乗が怪訝そうにこちらを眺めた。

 突然、楊淵季は軽く背を丸め、鸚鵡を覗き込んだ。

「もう行け」

 不機嫌そうに、鸚鵡が視線を逸らす。

「俺は、もう大丈夫だ。おまえは、もう行っていい……さよならだ」

 鸚鵡は目を閉じ、聞こえないというように首を縮めた。

 楊淵季が溜息をつく。

「欧陸洋」

「何だ」

「お願いがある。断ってもいいから聞いてくれるか」

「聞こうか」

 一応そう答えはしたが、私は願い事の中身を、もう知っているような気がした。

「おまえがいないと、俺は天君としてやっていけない。この国の形を変えるまで、一緒にいてくれないか」

「私は異形だ。国を滅ぼすという。それでもいいのか」

「どのみち、天君の支配は終わる。(いにしえ)の人と約束した国は、滅びるんだ」

「終わったら、私は()()に帰るぞ」

「わかっているよ」

 それから、楊淵季は鸚鵡をもう一度、のぞき込む。

「聞いてくれ。俺はな、この件が終わったら、しばらく天君として過ごすよ。だけど、鸚鵡の力は、もういらない。道術もいらない。天君に支配された暗黒の国はもうごめんだ。形を変える。変えたら……俺は、もう一度、華都に戻ろうと思う。欧陸洋と一緒に受験して、役人になって、帝国の人間として暮らす。それなら、やって行けそうな気がするんだ」

 鸚鵡はようやく目を開け、楊淵季を見た。

 彼の灰色の瞳に鸚鵡が映る。

 一瞬の後。

 虹色の羽が、私たちの間に降った。

 見上げると、鸚鵡が飛んでいた。

 鸚鵡は頭上を旋回しながら、独特のかすれた口調で呼ぶ。

「欧陸洋、欧陸洋、欧陸洋」

 突然、羽の動きがとまった。

 鸚鵡は急降下し、私たちのすぐ上で叫んだ。

「楊淵季!」

 それから、まっすぐ、光の方に飛んだ。

 洞窟の出口だった。

 楊淵季は鸚鵡の影が光の中に消えるまで見守っていた。

「なあ、陸洋。失敗すると、帰れないかも知れない」

(てい)(てき)が待っている。(そん)(はく)(ぶん)(しゆう)(ちゆう)(こう)もだ」

 すぐに私は言い返す。

「俺のことは待っていないだろう」

「待っているよ。気の弱い私が必死で追いかけたおまえに、あいつらが会いたくないわけないだろ」

「言ってくれるな。俺は知らないぞ」

「ああ、華都中の菓子を賭けてもいい」

 私たちは露店で買い食いをする学生のような顔で互いを見る。

 それから、(そろ)って中に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ