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立ち漕ぎ  作者: 東条みつき
1/1

タイムリープブランコ

小説初投稿。

一言でもいいので気軽に感想をお願いします。


十数年ぶりにブランコに乗った。

調子に乗った僕は、立ち漕ぎをした。

勢いがつき、思わず両手を放してしまった。

一瞬記憶を失い、気がつくと過去に戻っていた。

人生で起こったさまざまな後悔を払拭するべく、僕は何度もブランコを漕いだ。



婚約していた彼女に振られ、働いていた会社は倒産し、両親は熟年離婚を決めた。

立て続けに起こった現実から逃れるため、僕は飲めない酒を煽った。

真夜中ふらふらになりながら訪れた公園で盛大に吐瀉物を撒き散らす。

胃の中がスッキリして気分が良くなり、なんだか無性にブランコに乗りたくなった。

久しぶりに乗ったブランコは爽快だった。

漕げば漕ぐほどブランコは勢いを増していく。

楽しくなり立ち漕ぎを始めた。

子供の頃、ブランコの前にある鉄柵を越える遊びをしていたのを思い出す。

今考えると危険な遊びだった。

子供の脚力で鉄柵を越えるほどのジャンプができるはずもない。

でも大人になった今だったら。

僕は力の限りブランコを漕ぎ、飛び出すタイミングを窺う。

しかし僕の意思とは関係なく、身体が宙に舞った。

迫り来る鉄柵。

視界いっぱい鉄柵が広がった。

僕は思わず目を閉じた。



「矢島! おい、矢島!」

聞き覚えのある怒鳴り声。

どこか懐かしい感じがした。

「矢島! 聞こえてんのか、矢島!」

目を開けて視線を向けた。

ゴリラがいた。

正確には人間なのだが、風貌がゴリラにしか見えないため、生徒からゴリ山先生と呼ばれている。

「矢島!」

ゴリ山がウホウホ叫び続ける。

とても懐かしい光景だった。

柔道経験者のゴリ山は僕たち野球部の顧問だった。

真冬でもタンクトップを着ているゴリ山が、いっちょまえに野球部のユニフォームを着ていた。

ゴリ山がユニフォームを着るのは試合だけだった。

「矢島くん、代打だよ」

肩を叩かれて振り向くと、さわやかなイケメンがいた。

エースで4番で主将の伊月だった。

現状が把握できなかった。

ゴリ山がいて、伊月がいて、周りにも馴染みの野球部メンバーがいた。

僕はユニフォーム姿でベンチに座っている。

周りに促された僕は金属バットを持ってベンチを出た。

ゴリ山がなんやかんや耳打ちしてくるが、頭に入ってこなかった。

ネクストバッターボックスに入る。

試合は12回裏二対一。

ツーアウト満塁の場面。

代打は矢島。

十年前の記憶が甦る。

高校野球地方予選決勝。

名門藤ヶ谷高校 対 弱小西日高校。

この場面で打てば、逆転の展開。

十年前の状況が今ここにあった。

高校球児だった僕はこの場面で見逃し三振して試合終了。

僕たちの夏は終わりを告げた。

何度も後悔した。

なぜ打てなかったのか。

なぜ一度もバットを振らなかったのか。

三年連続一回戦敗退だった西日高校野球部が決勝まで進んだのは紛れもなく伊月のおかげだった。

高校から野球を始めた伊月は三年で急成長を見せた。

伊月の投打の活躍により、甲子園あと一歩のところまで進むことができた。

周りの大人たちは、伊月はプロ野球選手になれると確信していた。

僕もそう思っていた。

実際に地方大会での活躍を目の当たりにしたプロ野球球団のスカウトが甲子園開幕中にも関わらず学校に来ていた。

しかしその数日後伊月は交通事故で肩を怪我をしてしまった。

高校卒業後、大学に進学した伊月だったが、怪我の影響で思う通りの投球ができなかった。

もちろんプロからスカウトされることもなく大学を卒業して一般企業に就職した。

夏が来るたびに高校野球が開幕するたびに伊月のことを思う。

あの場面で打っていれば、伊月の人生変わっていたんじゃないか。

甲子園に行っていれば、交通事故に会うこともなかったんじゃないか。

審判が打席に入るよう指示をした。

打席に立つのは久しぶりだった。

バッティングセンターも数年行っていない。

右打席に入り、バッターボックスの土を馴らす。

相手ピッチャーは12回を投げて疲労困憊だった。

ベンチを見てゴリ山からの指示を待つ。

何のサインもなかった。

そういえば、もともとウチのチームにはサインなどなかった。

毎年一回戦敗退だし、ゴリ山は野球未経験で、唯一決めたサインはバントだけだった。

よく決勝までこれたと思う。

伊月がこれまで零点で抑えた上に奪三振の山を築いたからだった。

決勝ではじめて失点を許した。

十年前の記憶を呼び起こす。

初球は真ん中ストレート。

球威も落ち、打てない球ではないはず。

ーーストライク。

手が出なかった。

十年前と同じく見逃してしまった。

わかっていたばすなのに身体が動かなかった。

二球目も真ん中ストレートのはず。

今度こそは。

ーーストライク。

相手ピッチャーは必死の形相で渾身の球を投げ込む。

高校生の威圧感に圧倒されたのか、またバットが出なかった。

三球目はカーブ。

コントロールミスで真ん中付近に来るはず。

十年前は見逃し三振に終わりメンバーから何度もいじられた。

誰も甲子園なんて目指していなかった。

伊月がいたから徐々にみんな本気になっていった。

入部当初は同好会レベルだった僕たち野球部も伊月と同じく進化を遂げた。

伊月の足を引っ張らないように守備を徹底的に強化した。

伊月が抑えてくれるからあとは一点でも点数を取るだけだった。

バット振れば何かが起こるから。

僕たちはそれを合言葉にやってきた。

結果、奇跡を呼び決勝までコマを進めた。

行動を起こせば何かが変わる。

バットを握り、相手ピッチャーのカーブに食らいつく。

ーーファール。

間一髪バットがボールに擦った。

打席を外し、一度呼吸を整える。

ここからは知らない世界。

すでにツーストライクで追い込まれてあとがない。

バットを振れ、バットを振れ。

見逃しはもう嫌だった。

僕は意気込んで打席に入る。

しかし三球続けて明らかにボール球が続いた。

ツーストライク、スリーボール。

フルカウントとなり、消極的な自分が顔を覗かせた。

次にボールだったら押し出しで一点取ることができる。

僕より次のバッターの方が打つ確率が高い。

だかここで見逃したら何も変わらない。

バットを振れば何かが起こる。

相手ピッチャーから放たれた球がベース前でまさかのワンバウンド。

だが僕はバットを止めることができず、空を切った。

天を仰ぎ、項垂れた。

すべて終わった。

見逃し三振が空振り三振に変わっただけだった。

意気消沈する中、グラウンドは大歓声に包まれていた。

振り返ると、三塁ランナーがホームに生還していた。

歓喜に沸くメンバー。

二対二の同点になった。

ワイルドピッチだ。

ピッチャーが投げた球をキャッチャーが後逸した。

奇跡的に一点を上げることができ、嬉しさが込み上げた。

バットを振ったから試合が動いた。

これでまた振り出しに戻った。

勝敗をまだわからない。

「矢島、 走れ!矢島、走れ!」

ゴリ山が怒鳴り声を上げ、ベンチメンバー全員が一塁を指差した。

「矢島、振り逃げだ!」

判定はワイルドピッチではなく、振り逃げだった。

まだ僕はアウトになったわけではなかった。

全力で一塁に向かうものの、時すでに遅かった。

キャッチャーが一塁に送球した。

今度こそ終了だった。

ルール上一点は確実に取ることができたが、このままでは満塁のチャイムを無駄にしてしまうことになる。

最初から走っていれば、セーフだったかもしれない。

一つの後悔が払拭できたと思ったらまた新たな後悔が生まれた。

くそっ!

高校球児らしからぬ言葉を吐き捨て、ヤケクソでヘッドスライディングをした。

一塁の審判を見た。

審判は僕ではなく、ライト方向を向いていた。

ボールは暴投により、ライトに転がっていた。

セーフ。

いや違う。

サヨナラだ。

僕はホームを振り返った。

ランナーがホームに還ってきた。

逆転。

逆転サヨナラ。

逆転サヨナラ振り逃げだった。

喜びを爆発させたチームメイトがベンチから飛び出し、ランナーを祝福する。

大歓声に包まれた中、僕は歓喜の輪に加わった。

手荒い歓迎を受けた僕は、そのまま胴上げされた。

逆転サヨナラの立役者になり、西日高校初の甲子園出場を決めた。



目が覚めて、時計を見た。

朝の八時だった。

僕は自宅の布団で寝ていた。

夢だったのか。

あまりにもリアルな体験だったので信じることができなかった。

ブランコを漕いだあと、記憶を失い、どうにか自宅に帰ったらしい。

テレビをつけ、水で喉を潤す。

数年ぶりの野球は楽しかった。

ルールこそ忘れていたが、ひさびさの真剣勝負は興奮した。

といっても夢の中の話だが。

『昨夜行われた東京デンジャーズVS大阪アストロズの試合で、東京デンジャーズのエース伊月投手が見事ノーヒットノーランを達成しました。史上80人目の快挙です』

何気なくテレビ画面に目をやる。

東京デンジャーズのユニフォームに袖を通した伊月がマウンドで高々とガッツポーズをしていた。

どう見ても伊月にしか見えなかった。

顔はさわやかイケメンのままだが、身体つきが一回り以上大きくなっていた。

画面がスタジオ戻り、野球解説者が伊月のピッチングを絶賛していた。

今季は沢村賞も狙えると鼻息荒く解説した。

僕が知っている伊月はサラリーマンとして働き、高校時代のイケメンぶりは影を潜め、二十代ながら早くも中年太りぎみだった。

ネットによると、僕たち西日高校は地方予選を突破したあと甲子園を制していた。

端正な顔立ちから伊月は『甲子園のプリンス』とメディアから名付けられ、高校野球を賑わせた。

その後三球団競合の末に東京デンジャーズに入団した。

数年の二軍暮らしのあと一軍に定着し、今では東京デンジャーズのエースに君臨していた。

まだ夢の途中なのか。

伊月がプロ野球選手になることを誰もが望んでいた。

僕自身が一番願っていた。

伊月の交通事故に負い目を感じていた。

自分があの時打っていれば良かったと何度も後悔した。

過去に戻ったのか。

夢ではなく本当に十年前に戻ったのか。

過去を変えたから伊月はプロ野球選手になることができた?

なんだか笑いが込み上げてきた。

本当だったら凄いことだ。

自分は過去に戻れる能力があるのか。

きっかけなんだ?

やっぱりあのブランコか。

携帯が鳴った。

どうやらメールのようだ。

差出人は葵だった。

過去が変わっても僕は霧谷葵と関係があるようだ。

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