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アメノチハレ  作者: 秋月
9/33

釣り

 ひょう、とわずかな湿り気を帯びた風が吹く。本土からほんの少し南に行っただけで、冬だというのにかなりの暑さだった。


 軽く汗を拭い、竿から垂らした糸の先を見る。明るい色の海面の奥、いくらか水面を泳ぐ魚影が見えた――が、釣り人を警戒してのことか、遠巻きに見つめるばかりである。


 中々釣れないな、と少し笑っていると、少し離れた方から声が聞こえて来た。


「シャチョーサン!」


 振り向くと、怪しいちょび髭の、ぽっちゃりとした男が一人、釣り道具を両手にそれぞれもって歩いてきていた。服装は暑さに合わずゆったりとしていて、丸いサングラスがそこはかとない胡散臭さをかもし出していた。


「おう、アルさん! 久しぶり!」

「アイヤー、久しぶりアル。シャチョーサン、元気してたアルか?」


 互いに手を握ると、アルさんと呼ばれた男が彼の隣に座り込んだ。手馴れた手つきで釣り針に餌をつけ、そのまま竿を海面へと振る。


 ぽちゃり、と小気味の良い音がすると、アルの顔ににっこりと笑みが浮かんだ。


「あんまりかな……アルさんはどうだい?」

「イヤー、アルはお蔭様、繁盛してるアルよ」


 手をこすり合わせるような仕草。からからと快活に笑う姿は、見ていて気分が良い。


 彼は中国から来た人で、わざとらしくアルと語尾につけるので、アルさん、と呼ばれ愛されている。近くで中華料理屋を営んでいて、彼も一度行ったが中々に美味かった。


 社長と呼ばれた方は、事実、社長であるからそう呼ばれるようになった。休める時間はあまり無いのだが、それでも休みの日には、こうして釣りに来ているのだ。


「シャチョーさんあんまりアル? でも、シャチョーさんはシャチョーさんだから、たんまりコレあるデショ?」


 アルが親指と人差し指で円を作ると、社長は苦笑する。


「ははは……真っ当にやっていこうとすると、どうにもてんてこまいでね」


 もう社長じゃなくなるかもしれない、と笑う彼。しかしその顔には、明らかな翳りが見えた。今の環境から滑り落ちた時、自分はどうすればいいのか分からない――妻子も居る。現状への不安ばかりが彼に(つの)っていた。


「じゃ、その時はアルが社員にしてあげるアル」

「え?」


 再びからからと快活に笑いながら、アルは海面を見たまま、冗談のように続けた。


「私はシャチョーになる、シャチョーさんは仕事もらう。うぃんうぃんアル」


 ぽかん、と社長が口をあけていると、竿から伝わってくる力――ヒットだ。


 慌てて口を閉じ、リールを巻き竿を引く。そうしているうちに吊り上げると、アルがにかりと笑ってサムズアップした。


 それも案外悪く無いかもなと思い、彼はアルに笑い返した。

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