ホラー
色々予定が詰まっていて、少々遅れました。
誠に申し訳ございませんでした。
真夏の夜――シンと静まり返った森深く、彼は一歩一歩を踏みしめるようにして進んでいた。
左手には懐中電灯、右手には石を持っていて、この石をある所に置き、戻ってくることが今の目的である。要するに、肝試しであった。
夜の森林はどうにも不気味で、今にもそこの暗がりから何か出て来そうだ。彼が中腰になって進むと、隣から笑い声がした。
「凄いへっぴり腰じゃん、嫌なら来なけりゃよかったのに」
「う、うるさいな! 馬鹿にされるよりましさ……!」
隣でけらけらと笑う彼女は、いかにもギャルと言った風貌である。少し古いセンスだとは思ったが、快活に笑う姿は好感がもてる。
しかし彼にとって、今はそれどころではない。何生来、根が臆病な彼である。虫が羽音を立てようものならのけぞり、茂みを何かが通り過ぎればしりもちをつく。夜の森ほど恐ろしいものは無いと彼は思っていた。
「もうちょっとでしょ? がんばれがんばれ」
彼女は依然として笑いながらも、彼の隣をついてきた。一人ではないという実感が、彼の足を少しずつだが前に進ませていた。
そうしてようやく目的の場所にたどり着く。それは一本の切り株で、先行した者たちの証である石ころが幾つか転がっていた。
ここに石を置きさえすれば、後は戻るだけだ。両手があくから、耳を塞いで帰ったって構わない。少しだけ気持ちが楽になった彼は、そのまま石を置こうと手を伸ばした。
ぞわり。
肌が震える。おぞましいほどの寒さが去来し、彼は思わず手に持っていた石を取り落とした。幸いにして、その石は切り株の上へと落下したが、そんなことにも気付かずに彼はあたりを見回した。
「なっ……なんっ、だよ、今の……!?」
辺りを見ても何も無い――だが、先ほどまでずっとあった、いわば森の気配のようなものは息を潜めているように思える。かたわらに居る彼女は、少し渋い顔で言った。
「ちょっとヤバい」
「ヤバいって、なにがだよ!?」
「一、二の、三で振り返って、集合場所まで走るの。何も気にしちゃ駄目、良い?」
有無を言わせないまま、彼女が数え始める。一、二の、三。混乱しきった頭を抱えたまま、それでも一刻も早く此処から立ち去らねばと、彼は走った。
どうやって鬱蒼とした森に引っかからずに走ったのか、彼自身良く覚えては居ない。
森林の手前、古びた駐車場があるそこに、彼は命からがら返ってきた。ランプ型の明かりに照らされて、仲間達の姿がぼんやりと暗闇に浮かぶ。
仲間達が自分を迎える声に安心し切って後ろを振り返ると、彼女の姿が無い。
「あ……あれ? なあ、アイツみなかったか……?」
「アイツ?」
「アイツだよアイツ! ちょっと古いギャルの姿した――」
「何いってんだ、お前?」
仲間の一人が首をかしげた。それはありえないと、そう言外に伝えながら。
「俺たち、男だけで来たじゃん。だいたい、一人で行ったろ? お前」
その夜、布団に包まってこそ居たが、彼は一睡も出来なかった。