骸骨
その骸骨は百年前からそこに居た。
錆びた槍を握るそれは、長い年月の中でも尚、意識を保ち続けていた。
否、捕らわれているといった方が正しいか。生前のような視界はあれど、指一つ動かせないまま、百年間を骨の中で過ごしてきたのだ。
罠に捕らわれて絶望する者。恐るべき竜の息吹によって塵になる者。彼の前を素通りする者。
その全てを、からっぽになった眼窩で見据えてきた。辛く苦しかったのは最初だけで、百年をすぎた今、ずいぶんと無感動になっていた。そうでなければ、心を保てなかったからだ。
もはや明日への希望は見出せず、せめて次来たる冒険者が、この大迷宮を越えて行くことを信じるばかりであった。
遠くから、戦いの音がする――冒険者だ。かつての英雄は薄れていた意識を目覚めさせた。
だからといって、どうなるという事は無い。この骨の体は、いくら力を込めた所で、もう動かないのだ。けれど、死すのであれば見届けるぐらいは出来ると思っていた。
直線で繋がった通路の向こう側に、四人の冒険者が見えた。格好から察するに、剣士、弓使い、魔法使い、神官。全員女性である事を除けば極一般的、かつバランスの整ったパーティであった。
そして、一人一人の錬度が異様に高い。幾重に重なった罠をことごとく割け、多くの冒険者を葬ってきたゴブリン軍でさえ無傷で片付けてしまった。
――強い。
かつての自分に匹敵する程の強者四人。彼女らならば、あるいは――百年の絶望を越える希望の光だった。
彼女らは敵の屍を踏み越え、彼の下へとたどり着く。
「この人、何があったんでしょうか? 罠で亡くなられた訳ではないようですが」
「多分、竜。床に焦げ痕」
「……ってことは、あの骨はドラゴンか。一人で倒したのかね?」
剣士以外の三人が口々に言う。自らとともに横たわる竜の屍骸は、彼と違って魂は残っていない。
そのことをうらやんだ事さえあったのを、今更のように思い出した。
「この人、骨に魂が残ってるみたいですね……」
神官が彼の魂に気付く。どうやら頭蓋骨に触れたらしい彼女の指先が、酷く優しく感じられた。魔法使いと弓使いが、彼の前で祈る。
「……死体の白骨化には、何十年も掛かるよ」
「そんなに長い間アンデッドにならなかったのか。強い人だったんだな……」
最後に到着した剣士が、彼の前に無言でひざまずいた。
その顔に、懐かしき友を感じる。かつて命がけで逃がした、臆病なれど天の才を持っていた剣士。
親しくしてくれた古き友の笑顔が、目の前の少女に重なった。
「遅くなりました、大叔父様。あなたのことは、曽祖父より言付かっております。百年の約束を、代理として果たしに参りました」
その手が骸骨の持つ槍に、そして手に触れる。
手から伝わる力の息吹に、ここで朽ちていくばかりだと思っていた彼の魂が震える。ああ、救いが来たのだと、直感で理解したのだ。
百年を越えて、骸骨の救いは、友との約束にこそあった。