時計
からんころん……。
ドアに付いた鈴が涼しく鳴り響き、客が来店したことを伝える。
「おや……いらっしゃい」
店主がなごやかに返事をする。どうやら自身の眼鏡を拭いていたらしい彼は、掛け直した片眼鏡が良く似合う老紳士であった。
髪は白。艶があるので、一見すると銀色にも見える。背は高くピンと伸びて、一本の木のようでもあった。
「ええ、と。時計屋の銀羽って……」
「はい、此処であっておりますよ。修理ですかな?」
そう言われて、彼女ははい、と小さく返しながら、店の中を見回した。
一瞬、おとぎの国にでも迷い込んだのかと錯覚するほどの、時計、時計、時計。古風な振り子時計から、最新のデジタル式の時計まで、見渡す限りにずらりと並んでいる。
老紳士のカウンターの下はガラス張りになっていて、高価そうな時計が幾つも置いてある。宝石があしらってあるようなものまで揃っていた。
「この時計、なんですけど……」
彼女が箱から取り出したのは、古びれたぜんまい式の時計だ。針は止まっており、ふちには幾つも傷跡が見える。そして、女性の手首と比べると、幾分か大きかった。
「ふむ……」
時計を受け取り、何度か見回す。ベルト部分は酷く擦り切れていて、ずいぶん長い間使っていたのだろうと推測できる。少なくとも、目の前の女性が使っていたものでは無いだろう、と彼は思った。
そして、修理と考えるといささか無理がある品だった。大部分の部品が損耗しているため、直すとなると殆どのパーツを新調する必要があるのは明らかだ。
そこでふと、彼が女性の方を見ると、どこか不安そうな顔をしているのが目に入った。すでに結果が分かっているような、そんな顔であった。
「他の店では買い替えを進められたようで」
「……はい。やっぱり、その、無理……ですか? 大事な時計なんです」
時計を箱に戻してから、一呼吸置く。
パーツの損耗が多い――中もどうなっているかは分からない。細かい部分が傷ついていると、生半可な者では手出しできないだろう。しかし、一人の職人として、出来るかと聞かれれば、答えは一つであった。
「いえ。少々時間が掛かってもよろしければ、万全の状態まで戻して見せましょう」
「ほ、本当ですか!?」
ええ、と頷くと、不安そうだった顔にゆっくりと笑顔が浮かぶ。
「職人として何十年と生きてきましたが、ここまで大事にされた時計は始めて見ました。それを直せる、職人冥利に尽きるというものです」
お任せください、と老紳士は笑った。