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アメノチハレ  作者: 秋月
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 ゴウゴウと風が吹く中、ゴーグルを着けた男は何事かを紙に書き込んで、小さく頷く


「……うし、この調子なら後三日ぐらいだな」


 嵐が来ないと良いが。そう呟きながらはしごを居り、吹きすさぶ風の中から船内へと戻る。はしごを降り切ると、痛いほどに耳を打つ風の中と比べると、船内は酷く静かに思えた。


 彼は幾度と無く船に乗ってきたが、新型の飛行船は中々に快適だった。揺れは少なく、エンジン音もかなり抑えられている。酷い時は夜も眠れない程の船に乗せられた事さえあったのだから、天と地ほどに差がある。


 船長に観測内容を報告すべく歩き出すと、廊下の突き当たりで少女と遭遇した。


 煤で汚れた作業着、手に持った工具箱に防音具。整備士(メカニック)だろう。年若い見た目の少女は男の方を見て、軽く会釈した。


風読み(スカイリーダー)。観測は終わったの?」

「おう。風向きは西向きで安定してる。余程のことが無い限り大丈夫だ」

「そう」


 会話が途切れる。静かな通路にうっすらと響くのは、エンジンと風の唸る音だけだ。


 通り過ぎて報告に行くべきか、と風読みが悩んでいると、整備士の少女はゆっくりと口を開いた。


「昔から気になってたんだけど、風読みってどうやって風を読んでいるの?」


 ――空気の力で空を飛ぶ"飛行船"が世に出回るようになって数年。


 雲を越えて飛ぶ船は、しかし風船に近い飛び方である為に、風の影響を強く受ける。海の船で星を読む人間が必要だったように、空の船には風を読む人間が必要だった。


 それも、ただ風の方角を読むだけでなく、長期的な風の流れを読まなければならない。誤って強風の中に突っ込んだ日には、下手をすれば死人が出る。


 故に、風読み(スカイリーダー)は飛行船の発明と同時に現れ、常に重宝されてきた。彼もその一人だ。


 "長老"と比べればまだまだだが、若手で言えば最も経験を積んだ風読みである彼は、そうだなと顎をさすって少し考え、答えた。


「勘だな」


 身も蓋も無い答えに、少女が唖然とする。彼はその様子を見て、くつくつと笑ってから、本論に入った。


「後は雲の流れ、風測計の動き方、尾翼の揺れ方なんかも大事だな」


 だが、と彼は言う。やはり勘に頼る部分は大きいと。


 風は気まぐれだ。ある程度を予測できても、そのある程度があっさりと覆ってしまう。嵐もそうであるし、ちょっとした突風で風の流れがかき乱されれば、それまでの予測など役には立たない。


 故に風読みは頻繁に船の外に出て、風を直に浴び、感じ取ることが大事になる。風読みの見習いも、海に出て風を掴むことが最初の訓練になるほどだ。


「まぁ、"理解したつもりでいない"事、これが一番だな。質問には答えられたか?」

「……うん、十分」


 少女が笑って去って行く。カン、コンと置きざりにされた靴の音を除けば、外から轟々と風の吹く音だけが彼の耳に届いた。

次回最終回の予定です

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