死神
「やっぱり生きてたか」
男が呟くと、彼女はふっと振り返った。
片手に銃を抱えたその姿は、全身生傷だらけで、包帯で包まれた両腕には血が滲んでいた。
しかし、撤退は許されない。引き金を引けるなら前へ出ろとのお達しがあったのもそうだが、四方を敵に囲まれた状況下では逃げるも何も無い。
せわしくなく戦闘準備と敵襲警戒が進められる中、男は彼女の隣まで来て座り込むと、くわえていた煙草に火を付け始めた。煙の独特な臭いに彼女が顔をしかめても、知らん顔をして口を開く。
「"戦場の死神"とはよくいったもんだ。どんな精鋭部隊であっても、お前を残して全滅するんだからな」
「何が言いたい。皮肉なら帰ってからにしろ」
彼女がぴしゃりと言い放つと、彼は一瞬怯んだ。女の眼光には、野性味というものはほとんど無かったが、その代わりに地獄の亡者がごとき暗さが潜んでいた。
怯えを誤魔化す様に、男は再び煙草を吹かす。
「……向こうにも、死神が居るらしいからな。験担ぎみたいなもんだ……」
「験担ぎ、ね。運良く死んでないだけの私に期待しない方が良いと思うが」
それに、と銃を整備する手を止めずに、女は続けた。
「それに、本物の死神はもっと恐ろしいよ」
「……見たことがあるのか?」
「ああ」
小さく頷くと同時、肩を震わせた彼女は、すくっと立ち上がって銃に弾倉を叩き込むと、近場に合ったライフル銃に手を掛けた。
男が首をかしげるのも構わずに、彼女はずっと遠くを見つめる。周囲を油断なく見据える彼女の姿に、男も何か異常事態なのだと考え、拳銃に手を掛けながら彼女に向かって問い掛けた
「おい、どうした? 何かあったのか?」
しばらく黙り込んでいた彼女は、しかし震える歯をぐっと噛み締めて、搾り出すように言葉を紡いだ。
「……来る」
――瞬間、近くにあったテントを突き抜ける礫。上がる悲鳴、送れて届いてくる銃声。彼女が男を殴り飛ばすようにして伏せさせると、丁度男の頭があった位置を弾丸が通過していった。
今は夕方、遮蔽物も起伏もあまりない荒野に陣を構えたにも関わらず、夕日に照らされて真っ赤に染まる荒野に狙撃手の姿は見つけられない。
次々と撃ち抜かれていく戦友を無感動に眺めながら、女はライフル銃のコッキングレバーを引いた。ガチャリと無機質な金属音が、何時でも弾丸を放つことが可能である事を示していた
「それで、話の続きだが」
彼女がぼそりと呟くと、震える手に拳銃を握ったままの男が振り向く。
「本物の死神は、もっと恐ろしいよ。私には見える……すぐそこに居る」
見えない死神を相手に、しかし彼女には、黒いローブを着て骸骨の顔をした死神の姿が、確かに見えていた。




