バンドエイド
「……痛い」
ぼそりと呟く声が橋の下でくぐもって響いた。返事は無い――誰もいないからだ。
学校指定のかばんを傍らに於いて、左膝を抱えるようにしてうずくまる。膝小僧には絆創膏がはってあって、その奥から脈打つように痛みが襲ってきていた。
「痛い」
もう一度繰り返すが、やはり返事は無い。
口に出せば多少なり和らいでくれるかも、という彼の希望は儚く消えた。痛みはじくじくと響き、痛みが今にも絆創膏を突き抜けて飛び出て来そうだった。
――あいつだって。
先生にもこぼしたその言葉が、再び頭によぎった。そうだ、あいつだって悪い。自分が先じゃない、あいつが俺の筆箱を投げたから――それに、俺だって怪我してる。
悪態ばかりが喉の奥から出てこようとして、そのたびに膝の痛みで口を閉じる。
――そりゃあ、肘鉄一発食らわしてやった。でも、おれだって膝が擦り切れたじゃないか。おまけに、血だって出たんだぞ!
あいつは、あいつだって、あいつこそ――。
誰にも届かない言い訳をはこうとして、結局、言葉を飲み込む。
先生――この場合、二年C組の担任教師だ――は、彼が問題を起こすたび、彼の主張に耳を傾けようとはしなかった。
成績が悪いからか。何時も問題ばかりだからか。怒りっぽいからか。家が貧乏だからか。それとも、その全部か?
「ちくしょう」
ぐ、と拳を握り締める。
やるせない気持ちがぐるぐると回って、拳はどんどん強く握りこまれた。言葉に出来ない苦しさだけがぼんやりと浮かんでいて、怪我をしていない方の膝小僧に顔を埋めた。
絆創膏に血が滲みだした。おまけに痛みも増してきて、気分はモット悪くなっていった。
それでもしばらくそうしていると、すぐ近くでぽた、と音がした。ハッとして顔を上げる。
――ちくしょう、最悪だ!
雨だった。それは霧雨程度だったが、しかし今、痛みで走れない彼にとっては致命傷だ。
それに加え、向こうから流れてくる雲は、今真上にあるものよりもずっと濃い。今より雨は酷くなることは容易く想像できた。
今のうちに帰らないとまずい。そう分かった彼は、ひとまずうじうじした気持ちを振り払って、かばんを頭の上にかかげ、左手で膝小僧をかばうようにして走り出した。
陰鬱な気分でも、ともあれびしょ濡れにならないうちに帰らなければならない。どんなに嫌な日が過ぎても、どうせまた、学校に行くことになるのだ。
雨に濡れた絆創膏の奥で、深くすりむいた膝が痛む。陰鬱な気分も濡れた服の気色悪さも、帰ってしまえばきっと良くなるからと、彼は走り続けた。