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アメノチハレ  作者: 秋月
29/33

こと此処に至って執筆速度が下がっている……

申し訳ない、もう少し早く書ければいいのですが。

「やあ。こんな夜遅くに散歩かい」


 彼女が何気ない声で語りかけると、青年ははたと足を止めた。彼の顔には、気付いていたのかという驚きと、彼女なら気付いていてもおかしくないかという諦観が入り混じった、複雑な表情をしていた。


 それを知ってか知らずか、彼女は依然として振り向かずに、自分の隣に座るよう促した。


 彼が横に座ると、少しだけ彼女の横顔が見えた。普段通りの凛とした表情ではあったものの、何時ものような悪戯げな雰囲気は無かった。


 ザザアン、ザザアン。


 海鳴りの音が二人の耳を通り過ぎて行く。海辺の横、船着場の端に座り込んだ二人はしばらくの間、そうして海の音を聞いていた。


「……なあ。」


 彼が不意に口を開く。


「なんだい」

「お前、どうするんだ、これから。」


 これから、ね。


 小さく呟いた彼女の声が、海に落ちて溶けて行く。ぶらぶらと揺らした足がコンクリートの桟橋に当たって、コツコツと音を立てた。


 彼女には両親が居ない。幼い頃に事故で亡くし、それ以来祖母の家で暮らしてきた。


 その祖母が、つい先日、無くなった。享年九十二歳。寿命だったという。


「さあ。親戚は、私のことがあまり好きじゃないみたいだ」


 彼女――というより、彼女の母方の家柄はかなり高いものだった。戦前からあった企業の社長で、今も日本のシェアの大部分を占める大企業だ。


 しかし、彼女の母が反対を押し切って結婚した結果、その縁は既に切れている。引き取りたいという人間は極少数であった。


「そうか……」

「うん。そうらしい」


 ボリボリと頭を掻く音。


 彼に人の機微というものはわからない。何せ青年は、普段から芸術一筋で、それ以外に頓着したことがあまりない。それが許される環境であったという事もまた、彼の無頓着さを後押ししていた。


 だが、今という今、無頓着ではいられない。


 もし親戚に引き取られたとすれば、彼女はきっと死ぬだろう。体よりも先に、心が。それを彼は、長い付き合いから察していた。


 祖母と両親以外の一族にとって、彼女は望まれない娘であった。心の寄る辺を失った今、何時もの様に飄々とした態度のまま生きることは難しいだろう。


 ぐ、と拳を握る。筆と画材以外触れたことの無い細い手だが、それでも握らなければならなかった。


「じゃあ、俺の家に来い。母さんも父さんも説得してあるから」

「……? 君は一体何を言っているんだね?」


 困惑する少女の声を無視し、青年は尚も言葉を続ける。


「お前がお前じゃなくなるを見てられない。来い。なんとかするから」


 ――ずっと抱いていた恋心だった。飄々としいて、強い心の持ち主に見えて、根っこは何かに依存しがち。そんな彼女に惚れたのだ。惚れたなら、何もかも投げ打てと、父から教わってきたのだ。


「……分かった。じゃあ、お邪魔しよう、かな」


 ん、と小さく頷く彼。なんてこと無い風に振舞ってはいても、内心拒絶を怖がっていた。それを隠すように、無言で闇夜の空を見上げた。


 少女もまた空を見上げる。夜を埋め尽くす星々と、その中心で一際強く輝く月。


 ――夜でよかったな。


 感謝だか、安堵だかで、ぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、彼女は小さくそう呟いた。

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