太陽
大変遅れました。
焼け付くような日差しの中、彼女はただ歩いていた。
気温は確実に五十度を上回っているが、今は朝方、低い方である。
これが昼になってくると、いよいよ七十度ほどになり、彼女の軽防護服では到底耐えられない。早い所シェルターか日陰かにたどり着こうと、彼女は少しだけ歩幅を早めた。
砂漠化の進行した都市には、人影一つありはしない。砂嵐の中を進んでいるのは彼女だけだ。空を見上げると、吹きすさぶ熱砂の向こう側に、大きな太陽の光が見えた。
「熱いな……」
彼女はぼそりと呟く。軽防護服だけでは、熱砂を貫通してきた程度の日差しでさえ完全に防ぎきることは出来ない。
水分補給用のチューブに口をつけ、少し考える。
今日中にシェルターに到着する予定であったが、想定よりも砂嵐と日差しが強い。重い荷物を背負った状態で動き回るのは危険だ――気温による熱中症の恐れもある。たった一人である以上、倒れても助けは無い。
それを考慮した結果、彼女は結局今日中のシェルター到着を諦め、近くの"避暑地"に向かうことにした。
"避暑地"は地下に建設された小型のシェルターだ。身分証明が出来るカードさえもっていれば、誰でも使用することが出来る。
中はひんやりとした薄暗い空間で、幅と奥行きはおよそ五メートルほど。備蓄物資は存在していないが、防護服を脱げる程度の室温を電力なしで保っている事は、多くの旅人の支えとなっていた。
彼女の入った避暑地では、一人先客が居た。自分の手で持ち込んだらしいラジオを傍らに、男は彼女に視線を向けた後、またもそもそと食事を再開した。
外はもうそろそろ昼前に差し掛かる頃合だ。日によっては気温だけで水が沸騰するほどの気温にもなる為、昼の行動は実質不可能だ。
彼女は軽防護服のヘルメットを取り外すと、リュックもまた下ろしながら、男に問い掛けた。
「あたしもラジオ聞いていいか?」
「ああ、構わん」
彼女が座り込むと、丁度、ラジオから発されていた雑音が音楽に切り替わった。静かなクラシックが、狭い空間に響く。
再び水を口にして、電子端末を確認する。別段連絡などは来ていないようだが、この熱砂の嵐の中では電波でさえも危うい。
昼を過ぎれば砂嵐も一時収まる。その頃にまた確認しよう、と彼女は端末を閉じ、防護服を布団代わりに寝転んだ。
目が覚める。時間を確認すると、大体午後の六時ほどであった。連絡はやはり、特に受信していない。
男の姿は既に無く、自分の荷物を確認したが特に盗まれてはいないようだ。ホッと一息つくと、再び防護服を身に纏い、避暑地の扉を開けた。外は未だ霧のように砂が舞っていたが、ずいぶん涼しくなっていた。
一口、ぬるくなった水を飲み下す。もう少し歩けば、夜のうちに目的地に着くだろう。
――シェルターに着いたら、いの一番に冷えたビールを買って飲もう。そんな事を考えながら、彼女は夜の砂漠に足跡を刻んでいった。
皆様、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。