怪盗
諸事情にて遅れました。申し訳ない。
明日明後日も書けるかは不明です。
「ねー、なんでちまちまこんなことするのさー」
「馬鹿、怪盗ってのはこういうもんなんだ」
辛抱ならないという様子で、少女は手に持っていたロープを投げ捨てた。男はそれを渋い表情で見つめながらも、攻めることはしなかった。
何せ、登攀用の鉤爪にロープをくくりつけるだけの単調な作業が、かれこれ一時間は続いていたのだ。楽しくも無い上、強く締めなければならない分、腕に疲れもたまる。少女には辛い作業だと分かっていた。
とはいえ、仕事で使う道具である以上、面倒くさいからとやめるわけにも行かない。男が無言のままに作業を再開すると、少女はごろごろと部屋中を転がり回りながら彼に向かって問い掛けた。
「こういうの担当の助手とかさ、雇えばいいじゃん。お金はたくさんあるでしょ?」
「そりゃな。だが、金があるから雇えばいいと言うわけじゃないだろ」
なんでさ、と少女が重ねて問えば、男は溜息を一つ吐いて手を止める。丁度、今日使う分の最後の鉤爪に縄を巻き終えたところだった。
「俺は怪盗だ、盗みを働いてる。それは許されないことだ」
どれだけ言い繕っても、怪盗業とはすなわち"犯罪"である。だからこそ警察に追われ、表だって怪盗と名乗れない。
たとえ悪逆非道の限りを尽くす者が相手だとしても、法律はその盗みを許さない。
「ただ捕まってないだけで、怪盗って言う名前の窃盗犯なんだ、俺は」
――それに、金払って赤の他人巻き込むわけにゃ、いかんだろ。
儲かるとしても、世の為になるとしても、金を払って他人を犯罪に加担させる事だけはしない。それをやったが最後、彼は彼の忌み嫌う者たちと同じになってしまうからだ。
美学、という程気取ったものではなかった。それは、彼の"信念"だ。これだけは曲げてはならないと決めた、たった一つである。
その凛とした横顔に、一瞬見ほれてしまった少女は、小さく頭を振る。急に格好良くなるのは卑怯だと思いながら、悪戯げな笑みを浮かべて、もう一度問い掛けた。
「……私は?」
「お前、自分から志願しただろが」
こつんと少女の頭を小突くと、彼女はくすくす笑って、壁から真っ黒なマントを取って彼に差し出した。
それは光を吸い込む艶の無いマントだ。およそ百五十センチはある全身を覆えるもので、端っこにだけ小さく、"夜影"と銀の刺繍がしてある――彼の手縫いだ。
「じゃあ、今日も頑張ってきてね。私の大好きな怪盗さん」
「おう。さくっと行って帰ってくる」
今日の相手は大企業、少々警備は険しいが、問題にはならない。
なぜなら彼はシャドウナイツ。夜明けまでの短い間、世間を騒がす大怪盗だからだ。