料理
グツグツ、コトコト。
香ばしさを辺りに漂わせながら、具が煮える。茶色で底の見えない湯は味噌が使われている証拠だ。
台を使って尚、つま先立ちで鍋をかき混ぜる少女の額には、かなりの汗が浮かんでいる。
今は猛暑、夜といえど涼しさは殆ど無い。その上で火をたいて味噌汁と作っているのだから、その暑さは言わずもがなである。時折吹いてくる扇風機の風が、かすかに彼女の腕と額を冷やしていった。
ちらり、と時間を盗み見る。夜八時を少し越えた程度、何時もならもう寝る準備に入っている時間だが、今日はそういう訳には行かない。
今日は両親ともに遅れて帰ってくる日。共働きの両親は夜、ご飯も食べずに家に帰ってくる。朝は腹をすかせていることが大抵であった。
――だから今日は、私がご飯を作ってあげる。
決意を新たに、少しだけお椀に味噌汁を取り分けて、ふうふうと息を吹きかけてから啜る。母の普段作るものより、少し味が薄いだろうか。
味の差異に首をかしげながら、味噌汁は一先ず完成ということにして、おかずの様子を確認する。米は既に炊き終わっているので、心配はしていなかった。
おかずは簡単な野菜炒めだ。肉と、色鮮やかな野菜で出来ている。中火でいためた結果、一部焦げこそしたが、中々に良い出来だ、と彼女は何度も頷く。味付けは塩こしょうで、シンプルながらもうまみのあるものだった。
おかず、汁、米。これだけ揃えば、おなかは膨れるはずだ。準備万端の食事を前に、彼女は食卓の片付けを始めた。朝ごはんの皿が出しっぱなしになっていた。
それらを片付け終わると、少女は急激に手持ち無沙汰になってしまった。
ぽてんと座り込んで、もう一度時計を確認する。両親が帰ってくるまでは後十分、二十分と言ったところだろうか。
それまでどうしていれば良いのだろう。両親分のご飯を味見している分で、腹はすっかりと満たされてしまい、段々と眠気が彼女の脳裏に起こり始める。ふわあ、とあくびが出た。
ごはんは出来たし、もう寝てしまおうかな。いや、もしかしたら、ご飯に気付かずに寝てしまうかもしれない。眠気から重くなる瞼をなんとか開け、少女は最後に、なんとかそれを防ぐ方法を実行した。
その数分後。最初に帰ってきたのは母だった。少しでも子供一人の時間を減らそうと急いで帰ってきたのだ。父も同じく急いでいるが、職場の位置関係で少々遅れていた。
そそくさと玄関を抜けて、リビングまで入ってきた母の目に入ってきたのは、こてんと座ったまま寝た少女と、その手に抱えられたホワイトボードである。
"ごはんつくったよ"とミミズがのたくったような字で書かれた文字に、母親はほうっと気が抜けて、夫の帰りを待つことにしたのだった。