人間
タタタタ! タタタタタ!
断続的な破裂音――銃声がそこら中から聞こえてくる。
作戦は当に成功し、後はひたすら逃げるだけなのだが、無論簡単に帰してくれるはずも無い。
所属していた中隊はほぼ壊滅。部隊のほとんど散り散りになって、第二小隊は既に三名もの人員を失っていた。
「くそっ……! 意地でも返さねぇ気だな、ちくしょう!」
「まぁ、見事に出し抜いたからな。キレてんだろ向こうさんも」
隙間に銃口を捻じ込んで、必死に抵抗するものの、既に生存は難しい状況にある。
第二小隊は文字通りの全滅寸前だ。銃を撃てているのは三人、歩くのがやっとな人間が二人。小隊長は既に死亡している。
「どうする? 数が違いすぎる、このままじゃ圧殺されるぞ」
小隊長が死亡した以上、副隊長が指揮権を引き継ぐ。この場合はイザークが撤退戦の指揮を取る。だが、この状況はいかんともしがたい。
逃げ込んだ建物は、度重なる攻撃で倒壊寸前だ。このまま隠れていてはそう遠くないうちに瓦礫の下敷きだ。かといって、この包囲網を抜けるのは困難だ――ましてや、走れない負傷者を連れて逃げるのは至難の業である。
決断しなければならない。イザークは壁に背を預けて考えた。
しかし、突破口は見つからない。動けない人員を見捨てて逃げても、逃げ切れるかどうかは五分だ。市街戦装備を整えてきたとはいえ、既にその大部分を喪失している上、地の利は向こうにある。
誰かが殿になろうにも、負傷者の数が多すぎる。
タタタ! イザークのすぐ横の壁を、弾丸が貫通していった。時間が無い。もうやるしかない。
「ジョン! お前にはこないだのポーカー分の貸しがあったよな!」
「おい、今その話かよ! 後で百ドル返すって言っただろ!」
砲撃が着弾する音にも負けないよう、声を張り上げてジョンが返事すると、イザークはへっ、と笑って見せた。
「じゃ、その貸し分だ。お前が副隊長やれ。俺が囮になる」
最後の弾倉を銃に叩き込む。残弾は二十から三十発、拳銃分も含めれば五十と言ったところか。
「おいおい、お前が副隊長だろうが! 囮なら俺が――」
「馬鹿、俺はもう動けねえよ」
彼は自嘲気味にそう言って、隠れていた足を示す。足首から先は、幾度と無く損傷を重ねた結果、もはや皮一枚で繋がっている状態になっていた。
「お前が連れて行け。一人でも多く生き残らせろ。……頼むぞ」
ジョンが負傷兵を連れて出て行くのを見ながら、イザークは必死で引き金を引いた。幾筋も汗が垂れて、時折自分の体を弾丸が貫通していくのを、まるで遠い世界のことのように感じた。
彼は、ああ死ぬんだな、とぼんやりと思った。
そこに恐怖は無かった。近づいてくる眠気に抗いながら、それでも彼は引き金を引き続ける。
――良いんだ。自分で決めたことだから。
倒壊する天井、降り注ぐ瓦礫の中、イザークは誰にともなくそう言い訳した。