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アメノチハレ  作者: 秋月
23/33

指輪

突発性難聴をわずらっておりまして、

睡眠時間を早めるためしばし投稿が遅れます。ご了承ください。

「綺麗な指輪……」


 見とれた風に少女が呟くと、貴婦人はハッとして、自分が物思いにふけっていたことを知る。


 見れば、すぐ隣に、見慣れない少女が来ていた。髪には艶が無く、ところどころピンと跳ねている所を見るに、平民、あるいは貧民なのだろう。


 誰かの連れかと見回してみるものの、それらしい姿は見えない。店の見習いという風でもない。という事は、迷子だろうか。


 彼女の指輪をじぃっと見る少女に、婦人は微笑みながら指輪を左の薬指から外して、少女の方に差し出した。一瞬おろおろと手を出した少女の手に、それをころんと落とす。


「ええ、綺麗でしょう? 彼との婚約指輪なの」

「は、はい。すっごく……」


 小さな手の上で少しだけ転がった指輪は、銀で出来た特注品だ。細かな模様も隅々まで刻まれている。たった数センチのそれに、幾らかかっているのか、少女には検討もつかない。


 指輪の爪には、婦人の好む石である柘榴石(ガーネット)がはめられていた。


 光をうけてキラキラと鮮やかな紅の光を放つそれに、少女は目を輝かせた。その様子を眺めながら、婦人は独り言のように呟く。


「彼ね。死んじゃったのよ」


 えっ、とすぐさま婦人の方をみる少女に、しかし彼女は目を向けずに言葉を続けた。


「この間の戦争でね。貴女を守りたいからって、指揮官になって、砲撃で……」


 本当、馬鹿みたい。ぽつりと呟くと、婦人の目から一筋、涙が滑り落ちていった。


 とめどなく溢れるそれを隠そうと必死に拭っても、涙は零れ落ちた。


 ――何故彼は戦場に出てしまったのだろう。守りたい、だなんて。私は何故彼を止められなかったのだろう。


 隣で笑っていてくれるだけで、たとえいきなり死ぬことになったって、幸せだったのに。本当に馬鹿な人。本当に、馬鹿な私。


 しばらくして婦人が泣き止むと、少女が不安そうな顔で彼女を見ていた。


「ごめんなさいね。あなたに言ってもしょうがないのに」


 彼女は窓の外を見た。真っ暗な空の向こうに、星々が煌いている。涙が滲んだ目でも、ぼんやりとそれが見えた。


「その指輪、貴女にあげるわ」

「え!? でも」


 言葉を続けようとした少女の唇を、婦人の指がそっと塞ぐ。


「良いの。……もう、良いのよ」


 指輪を持つ少女の手を、やんわりと包み込んで握りこませる。もう返ってこないように。


 指輪は彼の生きた証でもあったが、同時に、彼女の心を強く縛り付ける鎖でもあった。彼の死を知るたび、心を締め付けられる、その苦しさから少しでも解放されたかったのだ。


「売るなり、つけるなり、飾るなり。貴女の好きにしなさい」


 ――きっと、私が持っているよりはよっぽど良いわ。言外にそう告げると、少女は曖昧に頷いて、たたたっと急ぎ足で店を出て行った。


 そうしてから貴婦人は、ふうと溜息をついて、友である婦人を呼んでワインを静かに飲むことにした。一人きりで過ごすには、少々寒すぎる夜だった。

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