指輪
突発性難聴をわずらっておりまして、
睡眠時間を早めるためしばし投稿が遅れます。ご了承ください。
「綺麗な指輪……」
見とれた風に少女が呟くと、貴婦人はハッとして、自分が物思いにふけっていたことを知る。
見れば、すぐ隣に、見慣れない少女が来ていた。髪には艶が無く、ところどころピンと跳ねている所を見るに、平民、あるいは貧民なのだろう。
誰かの連れかと見回してみるものの、それらしい姿は見えない。店の見習いという風でもない。という事は、迷子だろうか。
彼女の指輪をじぃっと見る少女に、婦人は微笑みながら指輪を左の薬指から外して、少女の方に差し出した。一瞬おろおろと手を出した少女の手に、それをころんと落とす。
「ええ、綺麗でしょう? 彼との婚約指輪なの」
「は、はい。すっごく……」
小さな手の上で少しだけ転がった指輪は、銀で出来た特注品だ。細かな模様も隅々まで刻まれている。たった数センチのそれに、幾らかかっているのか、少女には検討もつかない。
指輪の爪には、婦人の好む石である柘榴石がはめられていた。
光をうけてキラキラと鮮やかな紅の光を放つそれに、少女は目を輝かせた。その様子を眺めながら、婦人は独り言のように呟く。
「彼ね。死んじゃったのよ」
えっ、とすぐさま婦人の方をみる少女に、しかし彼女は目を向けずに言葉を続けた。
「この間の戦争でね。貴女を守りたいからって、指揮官になって、砲撃で……」
本当、馬鹿みたい。ぽつりと呟くと、婦人の目から一筋、涙が滑り落ちていった。
とめどなく溢れるそれを隠そうと必死に拭っても、涙は零れ落ちた。
――何故彼は戦場に出てしまったのだろう。守りたい、だなんて。私は何故彼を止められなかったのだろう。
隣で笑っていてくれるだけで、たとえいきなり死ぬことになったって、幸せだったのに。本当に馬鹿な人。本当に、馬鹿な私。
しばらくして婦人が泣き止むと、少女が不安そうな顔で彼女を見ていた。
「ごめんなさいね。あなたに言ってもしょうがないのに」
彼女は窓の外を見た。真っ暗な空の向こうに、星々が煌いている。涙が滲んだ目でも、ぼんやりとそれが見えた。
「その指輪、貴女にあげるわ」
「え!? でも」
言葉を続けようとした少女の唇を、婦人の指がそっと塞ぐ。
「良いの。……もう、良いのよ」
指輪を持つ少女の手を、やんわりと包み込んで握りこませる。もう返ってこないように。
指輪は彼の生きた証でもあったが、同時に、彼女の心を強く縛り付ける鎖でもあった。彼の死を知るたび、心を締め付けられる、その苦しさから少しでも解放されたかったのだ。
「売るなり、つけるなり、飾るなり。貴女の好きにしなさい」
――きっと、私が持っているよりはよっぽど良いわ。言外にそう告げると、少女は曖昧に頷いて、たたたっと急ぎ足で店を出て行った。
そうしてから貴婦人は、ふうと溜息をついて、友である婦人を呼んでワインを静かに飲むことにした。一人きりで過ごすには、少々寒すぎる夜だった。