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それは神話の時代の話。
ただ一人の神は戦乱が渦巻く自らの世界を見て途方にくれていた。
邪神との戦いの果てに、神の管理する世界は途方もなく荒れ果てていた。気付いたときには、もう遅かったのである。ありとあらゆる戦いや諍いは止まる事無く、人は心を病んで何も信じる事をやめ、人の世は混沌としていた。
その世界を憂いた神は、世界の平穏を取り戻すべく、まず天の国に住まう人の世を救いたいと願う動物達を集めた。そして、死後の国での安寧を代価に、動物達を一つの器へと流し込み、その意思を統一した。
動物の要素を無数に取り込んだ人型の器は、次第に男に似た形を形をとっていく。屈強な体を持ち、その瞳の奥に野生を秘めた、風の如き男児である。
次に神は、天の国に生えた植物全てを集め、人型の器へと流し込んだ。すると、器は次第に女の形をし始めた。しなやかな肢体を湛え、その心の奥に植物の如き静けさを持つ女児である。
神は男の形をとったそれに、"始まり"と名づけた。それは全ての始まりを司り、また終わりも司る。一柱の神の誕生であった。
"始まり"は無言のうちに力強く頷くと、下界へ降りていった。
次に神は、女の形をとった器に、"思い"と名づけた。それは全ての人間に眠る心を呼び覚ます力を持つ神となった。
"思い"は曖昧に、けれど確かに頷いて、一歩一歩雲を降りていった。
二柱の新たな子を造った神は、もはや生きるもののいない天の国で、しかし再び思案にふけった。
"始まり"と"思い"の二柱は、力は十分だったがしかし、生まれたばかりの弊害というべきか。その力を十全に振るうだけの知恵を持っていない。このまま放り出しても、人の世を救うことは出来ない。
神は考えた。自分が生まれる前からあった土くれならば、あるいは先達となってくれるかもしれないと。
自らの住まう場所全てをなげうって、神は土くれ石くれをかき集めた。人型の器はもうなかったので、神はその手で土を固め、石を削り、人の形を作った。
曖昧な人型をしたそれは、ぎくしゃくと動き出すと、神に向かって問い掛けた。
「代価は答えだけでいい。あなたは私の体をを作ったが、私の心もあなたが作ったのか」
神が否と答えると、それは良い、と土くれは笑う。長く生きたが、それでもまだ、知らない事があるようだと。
その智を信じて、神は二人の先達となるよう土くれに"運命"の名を与えた。先を歩く者、定められたもの、そして――変えられるものの意を持つ名を。
先導するべき二柱と、まだ見ぬ世界を見るべく、土くれは天界の雲を降りていった。