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アメノチハレ  作者: 秋月
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 海の底で、錆朽ちた船の隙間を、するりするりと泳ぐ。


 鉄板にあいた穴から見上げれば、太陽の光が水面をゆらゆらと光っているのが見えた。


 ――まぶしいな。


 そう思って手を掲げると、病的なまでに青白い自分の肌が目に入る。水中である事を考慮しても尚青い。何時から自分は人間でなくなってしまったのだろう、と彼は思った。


 沈没船から抜け出ると、ゆっくりと海底を這うように泳ぐ。水深はおよそ十メートルほど、小さな魚が群れをなして泳いでいくのが遠くに見えた。


 下を見ると、ゆらゆらと砂が揺れている。良く見ると、砂に紛れていくらかの魚が見えた。彼が近づいてくると、ぎょっとしたように砂を巻き上げて逃げ始める。


 岩の隙間を潜り抜けると、少しだけ海底が上がる。岸が近い。けれど水面に上がる気に離れなくて、水底の砂に体を横たえた。


 水面で揺れる日の光に紛れて、誰かが遊んでいる影が見える。ひらひらと揺れる水着の影を見るに、女の子らしい。あれは、と思うと、その影は彼の方に気付いたらしい。


 水底から自分を見つめる影に驚きもせず、彼女は小さく手を振った。良く見れば、自分を海まで連れ出した親戚の娘であった。


 水中で手を振り返す。すると、それが見えたのかそうでないのか、彼女はまた水面まで上って行った。


 ぶくぶくぶく。自分の口から泡を出すと、泡はきらきらと日の光を受けて輝きながら消えていく。


 そろそろ上がろうか。いや、もう少し沈んでいようか。幸い、何時までも息は続く。水の中に居る限り、誰も自分を邪魔しない。


 人の世界は辛い事ばかりだ。とまた泡を吐く。


 青白い肌と細い手足のせいでユーレイとなじられ、何時までも水中に居られるせいで人面魚だなんて呼ばれたこともある。そうして学校では上手くいかず、就職も難航した。


 けれど、泳ぐことに掛けては誰の追随も許したことが無い。水泳だけは誰にも負けない――たとえ世界が相手でも。


 ボコボコと浮かんでいく泡に、金メダルの光を幻視する。彼にとって、家に飾られたそれだけが誇りだった。


 そんな思いにひたりながら、水底にぼうっと沈んでいると、不意にまた女の子の影が見えた。


 ぐんぐんと彼のもとまで近づいてくる――早い。


 彼ほどではないが、かなり白い肌をしたその女の子は、沈んでいた彼の手を掴んでいっきに浮上した。


 眩しい日差しを突然受けることになった彼が目を(またた)かせていると、女の子は綺麗な笑顔を浮かべていった。


「おじさんは泳ぎが速いって聞いたんです。教えてくれませんか?」


 その顔には、"青白い彼"を嘲笑(わら)うような感情は一切無く、ただ"泳ぎの速い彼"への尊敬だけが浮かんでいる。


 そんな彼女に一瞬気圧され、そして彼はぎこちなく笑い、頷いた。


 ――まぁ、まだ捨てたもんじゃないかもな。そんな事を思って。

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