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アメノチハレ  作者: 秋月
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ジュース

 冷たい風が吹きすさぶ――気温はマイナス二十度をとうに下回っており、あたりは一面、真っ白な風で覆われている。


 そこはかつて日本と呼ばれた場所だが、しかしその跡形はどこにもない。轟々と吹きすさぶ風と雪の中では、人の姿はおろか、文明と呼べるようなものの姿は全く見えない。雪まみれのビルが僅かに残るばかりだ。


 猛然と身を打つ吹雪の中、しかし一つの建物の中に、小さな明かりが灯っていた。


 吹雪と厚い雲が光を阻むことで周辺一体はまっくらになっていたが、そこだけは火によって明るく、その明かりに踊る二つの影があった。


「寒いな……」


 大柄な男が自分の腕をさすりながら呟く。少しでも温もりを得ようというのか、足は激しく貧乏ゆすりを繰り返している。一センチあるかないかの火で温まるには男の体は大きすぎるようである。


「そうだね」


 反対側に座り込むのは、打って変わって小柄な少女だ。身長は百三十センチほどで、小さな火でも温まれる分男よりも震えてはいないが、それでも小刻みに震えていた。


「寒い……なあ、もう食おうぜ? 保存食の冷凍もいい加減溶けただろ?」

「ねえ、いい加減にしてよ。"寒い"は三十五回聞いたし、"食おうぜ"は十二回目だよ?」


 蓋をされた小さな鍋に手を伸ばそうとする男の手を、少女がぴしゃりと叩く。霜焼けが起きた手には痛かったのか、彼が手を振って痛みを誤魔化す間に、少女はちらりと蓋を開けて中を覗いた。


「……あ、出来たみたい」

「ホントか!?」

「うん」


 改めて彼女が蓋を取ると、小さな鍋一杯にこまかな果実の粒が浮かんでいた。微かに甘い香りが煙に乗って運ばれ、二人の鼻に届く。


 二人は荷物からそれぞれのスプーンを手に取ると、そのまま湯から掬って食べ始めた。保存食ゆえに大して美味しいという訳ではないが、その甘さは空腹の二人にとっては絶品だ。


 無言のままに食べていると、すぐに保存食はなくなってしまった。残念そうに湯をスプーンでかき回す男に、そういえば、と少女が切り出す。


「昔の人は、果物とかを搾ってジュースっていうのを作ってたらしいね」

「そうなのか? なんとも贅沢な話だな……」


 外では轟々と雪がふっている。水は雪で十分である以上、果物を食べる以外に使う人間はそう居ない。


 少女は男が外を見ている間に、鍋から湯を掬う。既に具の無いそれは、しかしほんのりとだけ彼女の舌に甘さを残していった。


「ん、おいしい」

「あ、ずりいぞ! 俺にも飲ませてくれよ!」

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