誕生
「教授!」
がらりとした研究室内に、若い男の声が響く。大声というよりは怒鳴り声に近いが、教授にその声は届かなかったらしい。
炎の燃える様子をじっと見つめる教授に、青年はズカズカと歩み寄りながら、再び教授を大声で呼んだ。
「……ああ、君かね。今度は何の用だ?」
「何の用だ、じゃないですよ。レポートを提出しなおせといったのは教授じゃないですか!」
そういえばそんな事も言ったか。教授が首をかしげると、青年は明らかに不機嫌な様子で原稿用紙の束を机の上にたたきつけた。
その束を軽く一瞥した後、教授は再び、正面に向き直った。揺れる炎をじっと見つめる瞳は、どこか遠くを見つめている用でもあり、青年は不機嫌なままに尋ねた。
「不死鳥の研究なんてやって楽しいんですか? 何の成果もないのに」
「何の成果もない、か」
生徒である青年の言葉を舌の上で転がす。
たしかに、進展はない。不死の研究は世界各国で行われているが、しかし不死鳥は参考にはならないとされる。
不死鳥は不死だが、それは魔法によるものではない。故に人では再現できず、不死鳥から人の不死へと繋げる研究は何十年と前に打ち切られている。
事実、不死鳥の研究が人の役に立つという事は無いだろう。それは、長年研究を続けてきた教授だからこそ、重々承知している。
だから、彼の視点は、人の利とは少し外れた所にあった。
「君は、不死鳥が不死だと思うのかね?」
「へ? ……いや、不死鳥って名前だから、不死なんじゃないんですか?」
それは違う、と炎を見つめながら、教授は呟く。
「不死鳥は死ぬ。そして炎になり、炎からまた生まれる」
「……ええと、一度死ぬ以上、不死とは言えないってことですか?」
「うむ」
彼が大きく頷くと、青年はおかしいですよ、と言って隣の椅子を持ってきて座った。教授の不誠実な態度に怒りこそすれ、その知見には興味があった。
「だって不死鳥は、記憶をもってまた生まれてくる。だったら、それは不死なんじゃないですか?」
そう言って彼は炎の方を見た。不死鳥の炎は、際立って高温という訳でもなく、実験用のガラス管の中で静かに燃えている。しかし教授は、そうとは限らん、と言った。
「私達は鳥と話す手段を持たない。同じ記憶をもって生まれて来た不死鳥は、はたしてまったく同じ鳥と呼べるのか?」
それは誰にも分からないのだよ。
教授がそういった瞬間、炎が一瞬大きく吹き上がり、ふっと消える。灰の山の上では、ひな鳥が不思議そうに二人の方を見ていた。
「じゃあ、もう一回、別の鳥として誕生してるってことなんですか」
「私はそうではないかと思っている。君はどうかね?」
青年がその問いに黙り込むと、また会うときに聞こうといって、教授は研究室を出て行った。
その晩、研究室で火事が起こり、教授は死んだ。
また生まれてくることがあるなら、答えを聞かせられるようにと、青年はずっと答えを探している。