花火
「花火、綺麗だったね」
真っ暗な空の下、彼女はふと口を開いた。花火の影響なのか、結構な山深くだというのに、星一つ見えはしない。
そうだなと返すと、横で少し身じろぎする気配がした。
「これで、終わりか」
「うん」
ぼそりと呟く言葉に、彼女から返事が返ってくる。月明かりだけが頼りの暗闇の中、寂しげな彼女の顔が浮かんでくるようだった。
夏休みはまだ続く。だが、彼と彼女の関係はそこまでで終わりだった。
彼女の親はそれなりに裕福だったが、転勤を頻繁に行う職種だという。その関係で、高校一年の五月ほどになってから編入してきた彼女に、誰もが不思議がったものだった。
同じ部活に所属したことから二人の関係は始まった。人数の少ない部活で、何度も何度も顔を合わせて来たからか、少しだけお互いに思う所もあり、二年の頃から自然と付き合いはじめた。
時折どうでもいいことで喧嘩したりもあったが、それなりに楽しくやって来た――と、彼は思っている。
実際、彼女がどう思っているのかと聞いたことは無かったが、しかし、不意に見せる笑顔は綺麗で、それを嘘だとは思いたくなかった。
そんな二人のゆったりとした関係も、この夏を最後に終わる。八月いっぱいで遠い所まで引っ越すのだという言葉が、何度も何度も頭の中を巡る。自分は良い彼氏でいれただろうか?
そっと目を伏せた彼の手に、彼女の手が重なる。
「ねえ、君から見て、私はどうだったかな?」
「……どうだった、って?」
声の聞こえて来た方を見て彼が口を開くと、彼女が気恥ずかしげに一瞬黙り込み、そして言った。
「私、良い彼女だった?」
ぷ、と少し笑った。ほんの偶然から来た不意な笑いは、次第におさえられなくなって、しばしの間彼は大声で笑っていた。
抗議するように重ねた手を叩く彼女に、彼は未だに笑いの気配を残しながら、すまんすまんと繰り返した。
「俺も同じこと考えてたんだ。俺、良い彼氏だったかなって」
「ほんと? 確かに、ちょっと面白いね」
くすくす、と控えめな笑いが暫時響いて、そのうちにまた静寂が訪れた。
「男の人と付き合うの始めてだからさ。良いか悪いかなんて、私も分からないんだけどさ」
重なっていた手がするりと解けて、彼女が立ち上がったのだ、と知った。そして、少し前に歩き、振り返る。月明かりの中で、彼女の薄ぼんやりとした影が見えた。
「私、君の事――」
パン! と祭りの終わりを告げる大きな花火が咲く。
声はその音でかき消され、その代わり花火の明かりで、ほん一瞬だけ、涙でぼろぼろな彼女の笑顔が見えた。
たった三年の付き合いでも、何が言いたかったのか、彼は痛いほど分かっていた。
似た様な顔で、震える声を必死に抑えて声を絞り出す。
「俺もだよ」
――そうして、二人の夏は終わった。