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アメノチハレ  作者: 秋月
15/33

天気

 ――雨、降ってくれないだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えて彼は空を見上げる。空は雲で覆われていて、通り過ぎて行く雲の中には、ちらほらと濃い色の雲が見えた。夏の日差しは雲に遮られて届かず、ずいぶんと涼しい日だった。


 青年は家を出てすぐにあるベンチに座りこんでいた。背格好を見る限り学生なのろうが、しかし既に十分ほどをそこで過ごしていた。通学とすれば余裕を持ちすぎである。


 というのは今日は登校日ではないからだった。


 今日は高校野球の決勝戦、甲子園に行けるかどうかが決まる大事な日である。


 故に、彼の学校では全校生徒召集されることになっている。だが、無論呼び出された全生徒が、喜んで来る訳では無い。彼も決勝進出の言葉を素直に喜べなかった一部だった。


 今は夏休みが始まったばかりで、だからどうにも、全校生徒召集という言葉が腹立たしかった。何故休みを潰されなければならないのかと、彼は無言で地面を蹴りあげる。


 球場近くまで行ける電車が出るまでにはあと三十分ほどの猶予がある。それまでに土砂降りの雨でも降って、試合が延期になってくれないだろうか?


 そんな後ろ向きの願いを込めて彼が空をにらみつけていると、その視界を唐突に遮る者が現れた。


「ねえ、電車座れなくなっちゃうよ?」

「……晴菜(はるな)さん」


 相変わらず硬いなあ、と言って笑う学生服の彼女。同級生の岡部晴菜、クラスの人気者である。顔立ちは非常に整っていて、少々変わった所はあるが性格も良い。からっとした彼女の人柄に惚れる者は――男女問わず――大勢居た。


 しかし青年はかえって苦しそうな顔をして目を逸らす。それに気付いていないかのように、彼女は言葉を続けた。


「野球部の皆も決勝戦まで勝ちあがってきてくれたんだから、私達も頑張って応援しないと」


 その言葉に、ああとかうんとか、曖昧な返事を返す。彼はどうにも、太陽のような晴菜が苦手であった。何時も窓際でひっそりとしている彼にとって、彼女の存在感にどうしても気圧されてしまうのだ。


 ――雨、降らないかな。目を逸らした先、アスファルトの地面をジッと見つめながら、彼は頭の中でそっと思った。


「もう、めんどくさいなあ……」


 彼女はそう言ってから少し思案し、そして再度口を開いた。


「じゃあ、私が今から君を驚かせて上げる。驚いちゃったら、電車に乗りに行こう。良い?」

「え? あ、ああ、うん、べつに良いけど」


 驚く様なこと。その言葉にほのかな恐ろしさを感じ、ハッとして顔を上げると、彼女が手をパン! と鳴らす音が響き――


 彼が見上げた空は、何時の間にか真っ青に晴れ渡っていた。


「……ね、驚いたでしょ?」


 にっかりと笑って首をかしげた彼女に、彼は頷くことしか出来なかった。

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