ゲーム
ちゃり、と首の十字架がわずかな音を立てた。
一瞬だけそちらを見て、すぐに目を手元へと戻す。どれだけやっても足りないとはいえ、始まる前に準備をできるだけ多く済ましておくに越したことはない。
矢を磨き、弦の調子を確かめ、弓そのものの張りが問題ないかを確認する。弾倉には一つ一つ弾を込め、三つ程に鳴った所でポーチに詰め込んでおく。拳銃はおまもり代わり、弾倉を二つだけもって腰に下げる。
――手際がずいぶんとよくなってしまった。彼女は少し目を閉じて、感傷を心の底へと押し込める。腕時計を見ると、残り時間は五分ほど。それを確認し、最後に十字架を防弾ベストの内側へねじ込んだ。
与えられた個室の椅子に、そっと座り込む。戦いの基本をぶつぶつと呟きながら、彼女は自らの戦いについて考えた。
生残戦。かつては映画の題材として用いられたこともあったそうだが、今は現実のものだ。
一生を売っても払いきれない程の借金を抱えたもの、自らの環境を嘆き変えたいと願うもの、道楽に酔うもの。あるいは、否応なしに戦場に放り込まれるもの。
参加者はおよそ千名。そのうち生き残るのは最後の一人――または、制限時間終了まで生き残った者だけ。勝者は賞金を受け取るか、あるいは賞金に相当するだけの願いを叶えられる
人の死を道楽とすることに始めは非難があった。だが戦争起こり、世界が不況に陥ると、やがて人は心を失い、政府も宗教も、およそ求心力を失っていった。
だからこそ今、千の老若男女は、自らの今まで、あるいはこれからを変える為に、命を掛けなければならない。
ライフルを握る力が強くなり、ゴム製の滑り止め手袋がぎゅっと鈍い音を立てた。それを止めに来たのだ、と自分に言い聞かせる。
人殺しの武器を持つこと。人殺しをすること。敬虔なキリシタンである彼女にはどちらも耐え難いことである。だが、それ以上に道は無い。
彼女の事を家族として迎え入れてくれた孤児院はもう無い。教会は取り壊され、いまは賭博場になっていると風の噂で聞こえた。
捨て子だった自分を人として扱ってくれた牧師を、自らを姉と慕う少年少女を、このような戦場に放り込む訳には行かなかった。
主は自分を天国に迎え入れてくれるだろうか。それは分からない。
だが、誰かに罪を着せるぐらいなら、自分が着よう。そう思って生き抜いて来たのだ――百戦を。救いを求める手を必死に握り返し、何百人と戦いから生還させて来たのである。
戦いの開始を知らせるカウントダウンと、転送装置の唸る音を聞きながら、彼女は防弾ベストごしに十字架に手を触れ祈った。
「主よ、どうか我らを守りたまえ」
その言葉が、彼女の姿が消えた部屋で、ぼんやりと響いた。