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アメノチハレ  作者: 秋月
12/33

お風呂

 風呂場、というのが、彼はなんとなく嫌いだった。


 じめじめとしていて、地面は濡れて滑りやすく、夏場は上がった途端に汗をかいてしまうから。


 だから、汗を流すだけならばシャワーだけでも良いと彼は思っていたのだが、しかし水道管の破裂があって水が止まっているとなれば、そういう訳には行かなかった。


 今は真夏――明日は仕事だ。外回りの営業に、汗臭い体のまま行くことはできない。仕方なく、近場の銭湯に寄った。


 男湯の中には人がわんさかと居る。うち何名かは、おそらく水道管の破裂のあおりを食らった者だろう。事実、見たことのある顔が二つ三つあった。


 人口密度の高い空間に、一瞬めまいにも似たものを覚えていると、彼の横からハッとしたような声がした。


「おう、栄治(えいじ)の坊主か?」


 彼がそちらの方を振り向くと、体に古傷が目立つ老人が一人立っていた。腰は少し曲がっていたが、それでも年を鑑みれば綺麗に立っているほうだった。


「ええと、辻さんちの……?」

「そう、そう。元気しとったか?」


 辻というのは、近所に棲んでいる老人だ。娘とその夫、そして孫と共に暮らしているとかで、中々に剛毅な老人であった。


 近場で体を洗うと、辻もその横を歩いてきた。湯船に入っても付いてきたので何かあるのかと彼が問い掛けると、いやさ、と言って口を開く。


「栄治の坊主、あんまり湯好きじゃないのかと思ってな」


 え、と小さくこぼす。そんなに風呂嫌いが出ていただろうか、と少し思った。しかし、隠す様な事でも無いので、彼は小さくうなずいて肯定を示した。


 すると老人は、ううむ、と少し唸った後、栄治に向かって言った。


「ま、湯に浸かるばっかが風呂じゃねぇからなァ。よし、坊主、ちょいとおごっちゃるから来な」


 老人はそうとだけいって浴槽から出る。一瞬、行くかどうか考えたが、長風呂したい訳でもなく、彼もすぐに浴槽から出た。


 服を着て脱衣所を出ると、受付の近くで老人が待っていた。両手にそれぞれ、茶色の液体がたっぷりと入っている瓶があった。


「ほれ、コーヒー牛乳。銭湯に来て風呂上がったらコレに限るのよ」


 ぐいっと行きな、としわがれた手から栄治へとコーヒー牛乳の瓶が渡される。


 ――昔飲んだ記憶があるが、好きだっただろうか。


 覚えてはいなかったが、貰えるものは貰っておこうと、蓋を開けて一息に飲んだ。口に広がるのは芳醇な甘さ。コーヒーかと聞かれると疑問が残るが、まずくは無い。しかし彼はコーヒーの瓶をおくと、老人の方を向いて言った。


「俺、これよりフルーツ牛乳の方が好きですね」


 そうかそうかと笑って、辻はわざわざフルーツ牛乳のほうもおごってくれた。


 それも飲んでから、コーヒー牛乳も悪くなかったと伝えると、辻はもっと笑った。

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