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アメノチハレ  作者: 秋月
11/33

難産でした。

「美味しいジュースはいかがー?」


 ジュースの移動販売者で、売り子の女性が声を大きく張り上げて宣伝している。手に持ったコップは、夏の暑さからほんのりと汗をかいており、中身の冷たさを無言で語っていた。


「ぶどうジュース一つください」

「うけたまわりました。こちらぶどうジュースとなっております。コップの方はそこのゴミ箱に捨ててくださいね」


 冷たいジュースを求める者も、にっこりと笑顔を振りまく彼女が目的でジュースを買う者も居るだろう。しかしそのどれにせよ、移動販売の車がやってきた所には、常に笑顔があった。


 その癖になる美味しさや安さもありコアなファンも現れていて、噂を聞きつけて集まってくる者がちらほらと見受けられた。今日買っていった何名かもそのうちに含まれる。


 今日もまた一つ、二つとジュースが売れていく。繰り返しジュースを買っていく者もいて、売り子の彼女もまた営業的でない笑みを浮かべる程度には繁盛していた。




 夕暮れ時、イベントの終わる時間帯になって、ようやく彼女はジュースの販売を終える。辺りはすでに大分暗くなり始めていて、夏とはいえ少し肌寒い。


 幾らかポイ捨てされた紙コップをゴミ袋へと放り込みながら、彼女は今日の売り上げのことを少し考える。


 彼女のジュースの移動販売車は日本各地を巡っていて、様々なイベント――音楽系や文学系など、種類を問わないもの――にて出現することで有名である。


 その為、イベントの大きさによって売り上げが推移するのだが、本日は中々、と言った売り上げである。


「ひの、ふの、みの……うん、沢山売れました」


 うんうん、と呟いて一人頷く。そして販売用の窓を閉めると、中の電気をつける。販売窓の反対側は小さなキッチンになっており、ジュースと一緒に買えるデザートなども此処で彼女が作る。


 イベントは明日もあるので、明日の仕込みをしなければならない。手馴れた手つきでエプロンを着込んだ彼女は、そのままキッチンにおいてあった鍋に向かう。


 その鍋はりんごジュース用の鍋だ。コトコトと煮込まれて濃厚になったジゅースからは、控えめな甘い香りがした。


 そんな鍋の中へ、彼女は砂糖――の隣に置かれた、ラベルの無い白い粉の瓶を手に取り、大匙で量を調節してふりかける。


 ふりかける、ふりかける、ふりかける。その顔には、どこか木の(うろ)のように空っぽな笑みが浮かんでいた。


「明日はもっと沢山くる……もっと沢山、幸せにしなくっちゃ」


 "ハッピージュース"と銘打たれた移動販売車の中で、彼女は独り笑った。

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