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アメノチハレ  作者: 秋月
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ケーキ

 深夜二時。外はずいぶん暗くなっており、切れかけの外灯の明かりがちらついているのが窓から見える。


 一人家に帰ってきた男は、そんな外の様子をぼんやりと見ながらインスタントのラーメンをすする。食材を買い忘れたのだ。近場のコンビニで買ってきたラーメンは酷く塩辛かった。


 ――こんな日が誕生日かと思うと、情けなくて仕方が無い。


 彼は内心でそう呟いて、大きく溜息をついた。


 今日は彼の誕生日だ――と言っても、彼自身、忙しさからすっかり忘れていた。玄関にかけてあるカレンダーを見て、ようやく今日が自分の誕生日だと思い出したのである。


 男にとってはだからなんだと言う話なのだが、しかしある種の節目、一応成長を祝うべき日ではある。


 夏真っ盛りの蒸し暑い日。ラーメンを食べ終えてゴミを捨てると、男は冷蔵庫を開けた。コンビニの小ぶりなレジ袋に入れられたそれを取り出すと、そのしかめっ面に僅かな笑みが浮かんだ。


 中に入っているのは、掌に乗る程度の大きさのカップケーキだ。値段は六百円ほどで、普段甘みとして食べるには少々贅沢に過ぎる。


 だが、今日は彼の誕生日である。誰にも祝われない誕生日では、人数的にも心情的にもホールケーキなど買う気には到底なれないが、しかし数少ない癒しである甘味を捨てる気にも、また到底なれなかった。


 結果として男の手にあるのが、その小さなカップケーキである。よく冷えたそれが彼の手にひんやりとした感覚を伝えていて、蒸し暑い夜もそれ一つで越えられるような錯覚を彼に持たせるほどだった、


 誰にも邪魔されないという意味で見れば、寂しい一人暮らしも案外悪く無い。そう思いながらケーキを開け、フォークでスポンジを切り取る。


 クリームがたっぷりと乗ったそれを、一口。そして、男は後悔した


 そのケーキの欠片を味わうこともなく飲み込んだ男は、苛立ちながらフォークを投げ捨てた。やすいプラスチック製のそれが壁にあたって、こつんと寂しい音を立てる。


 甘さがくどい。舌にこびりつくような安物の味だった。六百円のケーキと言えば当然の出来なのだが、しかし、何時もよりの贅沢をもとめた男の舌には合わなかった。


 男は空しい気持ちでケーキを見つめた。捨てるか、さっさと食ってしまうか――。


 そこで、インターホンが鳴る。こんな時に、と思いながら男は返事をしてドアの方まで歩いていった。


 せめて集金はやめてくれと思いながらドアを開けると、男はパン!という破裂音と何人かの笑顔に迎えられた。


「ハッピーバースデイ!」


 十年来の友人と一緒に食べるホールケーキは、ほどよく甘かったが、少しだけ塩の味がした。

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