17 14歳 8
パンの生地を寝かせている間にスコーンを作る。明日もフリッツとマルに弁当として持って行かせたいから。
「アネットさんは家族と離れるのが嫌ではなかったのでしょうか?」
私は家族と離れたくなかった。本当の家族ではないと知らされても十四年も一緒に暮らしていた家族との別れは辛かった。
アネットがもし妖精から話を聞いたのだとしたら、彼女は今の家族と離れるのが辛くはなかったのだろうか。血のつながりが絶対だと思っているセネット侯爵家の血は育ちとは関係なく、彼女にも受け継がれているのだろうか。
母のベラは裁縫の手を止めることなく答えてくれる。
「どうかしら。あの子はここでは幸せではなかったからホッとしたのかもしれないわ。醜いアヒルの子って本があるでしょう? あれと同じだったのよ。父親はあの子を受け入れなかった。いつも私の浮気で出来た子だって、どんなに違うと言っても信じてはくれなかった。髪の色と瞳の色が違うだけで酷い話でしょ」
淡々と話してくれる内容は酷いものだった。私も両親に抱きしめてもらったことはないけど、少なくとも母の浮気で出来た子供だとは思われていなかった。それとも私が気付いていなかっただけ?
父親が家出をするのは今回が初めてではないとクリューが言っていたことを思い出す。なんて父親だと思うべきなのか…。まさか妖精のいたずらだったなんて思うわけがないのだから同情の余地はある。でも子供を四人も作っているのに面倒を見ないで逃げ回るのは最低だ。
「酷いですね。家族のことを放って逃げるなんて!」
「そうよ、酷い人。いつも心を入れ替えるって言って帰ってくるの。でもしばらくすると、また出て行くの繰り返し…それがいけなかったのね。あの子には耐えられなかったみたい。だってジムはあの子のことはいつも無視していたから」
ジムというのが父親の名前のようだ。アネットのことを羨んでいたことを後悔する。彼女はとても苦労して育ったみたい。私はその間ぬくぬくとした場所で彼女の代わりに育った。取り換えっ子で育てられたのは私が悪いわけではないけど、兄の言うように一年前に真実を知った時に話すべきだった。
私は本当の父親のことはきっと好きになれないなと思った。
「そうなのですね。私は侯爵家の子供としては失格だって言われながら育ったけど、両親には可愛がってもらえたんですよ」
「でも血が繋がっていないってだけで、すぐに追い出されたでしょう?」
「それは…仕方ないです。あの家は、というか貴族は血が全てなんです。アネットはこれからは家族に守ってもらいながら、聖女にだってなれるでしょう。あの癒しの魔法はそれほどすごいものなんです」
「そう、もうあの子には本当に会えないのね」
ポツリと呟いた母の顔は寂しそうだ。
貴族と庶民が会える場は少ない。かわいそうだけどアネットが会いたいと思わない限り、会えないだろう。
私は頷くことも首を横に振ることもできなかった。
その後は会話もなくなり、黙々とパンとスコーン作りに励む。
しばらくしてパンとスコーンの焼ける匂いが部屋に漂いだすと、アニーが昼寝から目覚める。
「甘い匂いがする」
目をこすりながらアニーが呟く。
「もう少ししたらスコーンが焼けるわ。美味しくできたか味見してね」
「うん、味見する! いつもスープの味見しているのよ。アニーは味見係なの」
「そうなの。重要な役目だね」
「うん、じゅうようなの」
フリッツとマルはスコーンを食べてくれたかしら。お腹を空かせているだろうから捨てたりはしないわよね。
マルもフリッツも痩せている気がする。成長期なのだからもっと食べないと駄目だ。本当はお肉を食べさせてあげたいけど、肉はさすがに持っていない。お金はあるから明日にでも買いに行こうかな。でもお金もいつかはなくなってしまう。稼ぐことも考えないといけないわ。
「うわー、サックさく!」
焼き立てのスコーンに甘いジャムをつけてふうふうしながら食べているアニーは幸せそうだ。六歳のころは私も何も考えなくてよかった。何物からも兄が守ってくれたから。
でもアネットは違った。家族を守り自分を守らなければならなかった。あの頃のアネットを助けることは出来ない。でもせめてアニーやフリッツ、マルや母を守りたい。姉として世話をかけるのではなく守りたいなと思った。




