04
予定通り定時で上がり周辺の聞き込みをする前に、
駅のトイレで緩んだネクタイを締め直し
着崩れたスーツのボタンをしっかり留めた。
まずはこのまま駅員の元へ。
妹が失踪したと伝え、講義のある月・火・木・金は必ず8時10分の電車を使っているはずなんだが
見覚えのある職員はいないかどうかスマホの画像を見せながら尋ねる。
可愛らしい容姿の彼女なら、むさくるしい駅員の覚えもいいだろうと思ったがそうでもないらしい。
唯一反応があったのが、彼女が通学で使っていた鞄だ。
この1年同じものを使っていたので俺も覚えている。
3Wayタイプの革の鞄で、部屋を出る時は背負っているものの、改札を通る時にはすでに前に背負い直していたらしい。
車内で迷惑にならないよう気遣える素敵な淑女だ。
でも個人的には痴漢対策で後ろに背負っていてほしい。
顔は覚えられていなかったが、この鞄の彼女は暫らく見ていないという。
次は駅から近いコンビニ。
期間限定のスイーツと、シールを集めるとゆるキャラグッズが貰える時にはここに寄っている。
何故なら駅からアパートまでの導線に、この青い看板が目印のコンビニはここだけだからだ。
品出ししている学生っぽい女の子に話を聞いてみた。
ここでも一緒に暮らしている妹が数日家に帰って来ず毎日インスタント飯になって困っている、と
先ほどよりニュアンスを少し柔らかくして聞いてみた。
そこまで顔面偏差値が低いわけでもなく、きっちりスーツを着ていればそこそこに見えるらしく
スマホの画像を覗き込むのにそこまでくっつく必要があるのかと問いたいくらい密着しながら時間をかけて思い出してくれた。
彼女はプリンやロールケーキを食べて小皿を2枚ゲットしたらしい。
その小皿はペアで使えるということか。
俺が何かスイーツを作れば喜んでくれるだろうか。
彼女と休日お部屋デートしたい。
よし、本屋で何か買おう。初心者が電子レンジでチンくらいで出来るやつがいい。
ただ雑誌は月初に発売されるものを買っていたので、同じ月初に聞き込みがてら足を運ぶのがベストだ。
それまでに可愛い盛り付けもできるようネットで検索かけておこうそうしよう。
このコンビニでもシールの景品交換をして以来見かけていないとのことだったので有力な情報はこれからも得られないだろう。
初めて殺菌・消毒用のウエットティッシュを買い、足早に店を出た。
一刻も早くこの穢れたスーツをクリーニングに出しに行かねば。
しかしこの充実感はなんだろうか。
背徳感を持ちながらも彼女の輪郭をなぞるようなこの行為。
正直、お母様公認のストーカーに成り下がった感も否めないが
初恋と遠距離恋愛のコラボかと思ってしまうくらい、ただただ彼女に会いたい。
眠る前には右手とティッシュがコラボするだろうが、彼女が戻れば憑き物が落ちたように俺も日常に戻るのだろう。
いや、心配しました、くらいは伝えられるかもしれない。
そうやって、お互い少し近づいて、彼女の笑顔が得られる生活を始めたい。
その為の一歩二歩三歩が、
総菜屋のおっさんと彼女が居ない寂しさを話し込んだり、
ドラッグストアの店長がライバル候補だったことを知り牽制したり、
アパートの大家の孫があの配達の兄ちゃんだったことが判明したり、
ついでに引っ越してきた理由が成人式の後の同窓会で高校時代の元彼に言い寄られたからと教えられたり、
彼女のお父様にいかに大切に育ててきたかアルバムとホームビデオを週末2日掛けて見せていただいたりする事だったりする。
人付き合いってし始めたら際限がないんだな。
加えてどれだけ効率よくやろうが食っていくための仕事もある。
もう時間がいくらあっても足りない。
頭にある回線がすべて焼ききれそうなくらい情報処理が追いつかない。
何も考えられなくなって動けなくなった一日の終わりに思う。
声だけでも聞きたい。