第95話 郷愁
「誰がババァだい! あんたいい加減にしないと庭に吊るすよ?」
ソファーに腰を下ろしたサリッサの正面にはエドガーが座っている。
「と言うかエドガーと知り合いだったのかよ……」
「お忘れですか? エドガーさんはパニカムギルドのギルドマスターですよ?」
「なるほど……なるほど? いや、待てそれはおかしい」
つい納得しかけたが、どう考えても理屈に合わない。聞いた限りババアはあくまでも部外者である。ギルドマスターだからと言って誰もが知っているという理由にはならない。
「えっ、まさかそんなにお金を無心しに来てるんですか?」
「あいつの身内はどうしてこうも失礼なやつばっかりなんだろうね。単に私の顔が広いからだとは思わないのかい? いや、待ちな。今のは拍車をかけそうだね」
ババアが先手を打った。俺としても、そんなに誰も彼もから金を無心してるのか、と考えたので否定はしない。
「彼女は希少なハイエルフだ。彼女の持つ知識には有益なものが多いのだよ。時折こうして教えを請うほどにね」
そんな折、エドガーが横から助け舟を出してきた。
「そう言えば以前なにか言ってたな。禁呪を用いて世界を滅ぼそうとした魔王がいたとかなんとか。なるほど、情報源はババアか」
確かに実際に生きていた人間から聞く以上に確かなことはない。ボケていなければだが。
「あんたまたなにか失礼なことを考えてるね? 言っとくけどあんたが考えてることなんてお見通しだよ。私はまだそんなに耄碌しちゃいないからね」
「残念ながらそれは別の話だね。彼女からではない。サリッサ殿も当然ご存知とは思うがね」
そう言って、エドガーは皮肉交じりにババアに視線を送る。ババアはそれを鼻で笑った。
「私は知らないことは知らなくていいと思ってる側の人間だからね。平和な時期が長かったせいか、この世界の人間の魔導技術はあの頃と比べ随分下がってるんだよ。どうせ真理に到達できない人間にはあんな真似は出来ないんだ。だったら下手に知識を授けず静観していたほうがマシだろうさ。言っとくけどこれに関しちゃジキスは知らないよ。当時あいつはまだ物心が付く前のことだろうからね」
「ジキス?」
「ギルマスの事です。ジキスと言う名前なんですよ」
俺の疑問にアンゼリカさんが答えをくれた。
なるほど、覚えておくとしよう。
「とは言え、昨今の状況はそうも言っていられないのでは?」
「あたしの知ったこっちゃないね。幸いやる気のあるやつはいたようだし、そいつに頼れば良いんじゃないかい?」
「それはどなたかお聞きしても?」
「いい歳してあんまり甘えるんじゃないよ。これ以上は自分で調べな」
エドガーが尋ねるが、取り尽く島もなくあしらわれる。だがババアにしては饒舌だった様に思う。普段のババアであれば「それがどうした」と一蹴するだけだったはずだ。
「今日のババアはよく喋るな」
「確かに、私にしちゃ喋り過ぎだね。久々の顔を見て少し気が緩んだかね」
そう答えたババアはどこか寂しそうに笑った。
爺が死んだ少し後はよく顔を出していた。だが、俺が冒険者を初めた頃からパッタリと姿を見せなくなった。そう考えるともう二十年近く会っていなかった事になる。
「まぁ、変わらず元気そうで何よりだよ、婆さん」
「そりゃこっちの台詞だよ」
どこか懐かしさを感じながら、久しぶりの知人に俺はそう声をかけた。




