第93話 サリッサ
「いったた……何だ一体?」
「あ、ソルトさん、もう目が覚めたんですね」
「もうってなんだよ……そんなに時間経ってないのか?」
後頭部に何かをぶつけられ、気を失ったことは薄っすらと覚えている。後頭部に僅かに残る痛みが、先程のことが夢ではないと訴えていた。
幾らか強くなったつもりでいたが、まさか一撃で意識を持っていかれるとは……。
「経ったも何も、まだ二、三分くらいですよ?」
タイムのその答えに、俺はつい周りを見回すが、皆もそれを否定すること無く静かに頷いた。
「そうか、ならいい。それにしても嫌な夢を見たぜ。あのババアと出くわすとか、この世の終わりかよ」
「そこまでですか……残念ですけどご主人様、それは夢ではございませんわ」
「止めろ聞きたくない。現実はそこまで残酷じゃない」
俺は耳を塞ぎ、その声を振り払うように頭を振る。
「ああして見るとソルトはタイムの主人なんだなって思うよね」
「飛び火してきた! 待ってください! 私あんなんじゃありませんよ!? あれミントさん何で顔を背けるんです!?」
三人がワイワイと騒ぐ中、一人の人物が進み出てくる。
スタイルもよく、白銀の長い髪が神秘性を伺わせる妙齢の女性。耳が人より長いことを除いても、どこか人間とは一線を画したものを感じさせるハイエルフ。人であれば、黙っていれば美人と言われる様な性格でありながら、それでも彼女ならと言うものが後を絶たない。
もっとも、彼女自身はそういう手合が大嫌いだそうで、適当にあしらうことが多い。
「まだわからないのかい。現実はあんたには厳しいんだよ。良かったじゃないか? 子供の頃よく言ってただろう? 俺は選ばれた存在なんだみたいなことを」
「止めろ! そんな特別はいらん! 何故だ、何故ババアがここに居る……はっ!? まさかババアが!?」
「大丈夫、安心して。現実はギルドにはそんなに厳しくないみたいだから」
最悪の想像を口に仕掛ける俺に、カーネリアが慌てて否定する。件のハイエルフのギルドマスターかと勘ぐったがそうではないらしい。
「サリッサさんはマスターのお義姉さんなんですよ」
「アンゼリカ、何か含むところがありそうじゃないか。文句があるなら言ってご覧よ」
視線を下に向けながら言いにくそうにそう言ったアンゼリカさんに、当たり前のごとくサリッサが絡む。
「なら言わせて頂きます。どうせまたマスターにお金を無心しに来たんでしょうが、いい加減ご自身で働いてください」
「思いがけずはっきり言ったね、この子は……」
思わぬ反撃にあいサリッサがたじろぐ。俺の知る限り滅多に無いことだった。
「ああ言う性格だから方々に飛ばされるのよね」
「アカンサスから飛ばされるのも、そう遠くないかも知れませんわね」
「あの、私の進退で嫌な予想をするのは止めて貰えませんか……」
ルミナとカーネリアの会話で頭が冷えたらしく、アンゼリカさんがそちらの会話に口を挟む。
「私が言うのもなんだけど、あんたら纏まりがないねぇ。そんなのでパーティーやってけるのかい?」
「今のは臨時みたいなもんでパーティーってわけじゃないんだよ。それよりほんとに金を無心しに来たのか? ババアに弟がいたなんて知らなかったよ」
「そう言えば言ってなかったかねぇ。ずっと昔身寄りのなくなったあいつを拾ってやったことがあるのさ。まぁあいつはそうそうに自立して、この国に引きこもったんだけどね」
「ああ、気落ちはわかる」
思わず相槌を打った俺を、サリッサが殺気を込めて睨みつけてきた。迂闊。
だって仕方ないじゃないか。こんな穀潰しと暮らしていくくらいなら、俺なら迷わずスラムで暮らしていく方を選ぶ。きっとそっちの方が豊かな暮らしが出来る気がする。
「話を聞く限り、もう歳は千を超えてるんだろう? ハイエルフってのはそんな長寿な種族なのかい?」
「違うぞ姉さん。人だって魔術の粋を極めれば数百年生きるだろう? あれはハイエルフでそれを実践してるだけだ。あの姿だって作りものだ」
「人聞きの悪いこと言ってんじゃないよこのクソガキは。この姿はあたしの若い頃の姿で天然物だよ」
「……それは天然物とは呼ばないのでは」
そんなツッコミをしたタイムに、俺に向けたものと同質の殺意のこもった視線を向けた。だが、すぐに真剣な表情へ変わり、何かを観察するようにタイムをまじまじと見つめている。
「その精霊はあいつが作ったもんだね?」
「わかるのか?」
「私を誰だと思ってるんだい。あいつにだって引けを取るつもりはないよ。それにしても妙だね。あいつらしからぬミスをしてるじゃないか」
「爺らしくないミス?」
俺が再度問いかけると、サリッサは「ふむ」と言って、俺に視線を向け押し黙った。
「教えてやらん。すぐに答えに飛びつくんじゃないよ。ちょっとは自分で考えな。さてあいつがいないんじゃここに用はないね。あたしはこれで失礼するよ」
「あっ! おい!」
サリッサはそう言い残し、こちらの制止も聞かずそのまま冒険者ギルドを出ていった。
「爺らしくない、か。どう言うことだ?」
俺はサリッサの言い残したことを反芻するのだった。




