第8話 VS ボア
家の外へ出ると、森の方へ向かって疾走する獣の姿があった。
口から上に向けて牙を生やした、四足歩行の黒い獣。
そのまま走り去るのかと思ったが、向きを変え再びこちらへと疾走を始めている。
「あれはボアかな」
「何落ち着いてるんです!? なんだか強そうですよ、大丈夫なんですか!?」
「お前の目に俺はさぞ頼りなく映ってるんだろうな。わかるよ、俺もお前の立場だったら逃げ出してると思うからな」
ダガーを構え、遠くから迫りくる獣を正面に見据える。
「まぁ見てろ。俺だって少しはやるってところを見せてやるよ」
ボアと衝突する寸前、俺は横へ跳びそれを交わす。
すれ違いざまに、俺はダガーを振るう。
しかし、その一撃は空を切り、ボアはそのままあばら家へと衝突した。
嫌な音とともに、あばら家の一部が崩れ落ちる。
くそっ! 余裕かましてないでもっと離れりゃよかった。
「廃墟ー!?」
「違う! まだ俺は住める! ちょっと一部が廃材になっただけだ!」
いかん、安全に行こうとして勢いよく横に飛びすぎた。
おまけにあるはずの手応えがなかったせいで、態勢を崩してしまった。
「ソルトさん、急いでください! 来ますよ!」
「わかってるよ!」
ボアはこちらを獲物と定め、仕留めるべく駆け出していた。
俺は急いで手のひらへ魔力を集中する。
「ソルトさんっ!」
ドンッ!
俺の身体が空中へと跳ね上がる。
「あぶねぇ」
間一髪だった。
――お前には才能がない――
うるせぇよ。
――だから、せめて持ってる才能くらいは使い尽くせ――
わかってる。
爺が俺をどやす声が聞こえた気がした。
爺から仕込まれ、俺の才能で身につけられた数少ないうちの一つ《大気加速》。
何のことはない、風を打ち出して、その反動で移動するチンケな魔法だ。
しかも今の俺なら五回も使えば弾切れになるだろう。
我ながら才能の無さが恨めしい、そう思いながら俺は次の行動へと移る。
ボアを上から見下ろしながら、即座にもう一度《大気加速》を発動し、自身の体を回転させる。
その勢いを利用し、俺はボアの腹部へダガーを突き立てた。
ボアが苦悶の声を上げながら俺の下を通り過ぎていく。
俺は着地した後、背後へ振り返る。
「あー、やっちまった」
崩れ落ちた壁を見ながら、肩を落とす。
これから次第に寒くなっていくというのに、これは本当に不味い。
「何してるんですか! まだ終わってませんよ!」
「いや、終わりだね。《狂える狂風》」
俺はダガーを突き立てた際、やつの体内に仕込んだ術式を発動させる。
ボンッ!という音を響かせ、ボアの身体が一瞬膨らみ、身体のあちこちから血が滲み出る。
その後、身悶えしながら、ボアはその場へ倒れ伏した。
「えっ!? あれ!? えぇぇぇぇ!?」
「驚きすぎだろう……一応俺だって中の下くらいの実力はあるつもりだぞ?」
「中の下って……ソルトさん才能ないって自分で言ってたじゃないですか!」
「そりゃあるか無いかでいや、無いんだが」
「だって今のは絶対におかしいです! ソルトさんではありえないです!」
「そこまで言うか」
俺にとっては何もおかしいことはない。
あの魔法がおかしいというのならば、それは爺がおかしいのだ。
「……セインみたいなこと言いやがって。そういうのは今から会うセインのやつと盛り上がってくれ」
セインのやつも度々似たようなことを言っていた。
この二人を会わせると、その矛先は俺に向かうんじゃないだろうか。
もしかすると、うかつなことを言ったかもしれない。
「ところで、頭痛が痛いみたいな、あれが魔法名ですか?」
「……うるさい」
爺が最初に発動した時は別の言葉だった。
だが、その発動した魔法を見て、《狂える狂風》だね!などと言った過去の自分を殴りたい。
そして、それを発動の鍵とした上で、俺に教えた爺を絶対に許さない。
範囲は限られているが、魔力で魔導術式を刻み込み、鍵となる言葉により周囲に暴風が吹き荒れる。
便利なのが本当に憎たらしい。
「ほら、とっとと後片付けしてセインのところへ向かうぞ」
俺はそう言って、黙々と後片付けを開始した。