第83話 カナリア・クロッカス
「ところでエドガー」
「黙っていたまえ、君が言いそうなことは分かっている」
つい先程ああ言ったにも拘わらず、リナリアは当然のように向こうのメンツに同行した。当然それをエドガーも把握しており、すでに悟りきったような表情を浮かべている。
もっとも、引き止めなかったところを見ると、エドガーとしても無理強いする必要はないという考えのようである。
まあ、当人としては交渉の経験や将来のコネなど必要としていないのかもしれない。
改めて屋内を見回すと、中はどことなくアカンサスの冒険者ギルドと似通っていた。もっとも、あちらと違い、ここでは事務手続きなど存在しないため、簡単な受付が存在するだけで職務に没頭するための内装だ。その代り、商談を行うためか、小部屋が幾つか存在しているようだ。
今も複数の人間が、机に向かい自分の仕事に没頭していた。
「またずいぶんと忙しそうだな」
「王都へ避難してきた人達のおかげで潤ってるんじゃないですか?」
「どうだかな。俺としちゃそんな事はありえないと思うが」
パニカムの様な片田舎と王都では裕福度の基準が異なっている。田舎で多少裕福だからといって、ここへ来たら平均かそれ以下のはずだ。一月もすればそのうちの何割かはスラム行きではないだろうか。
「アカンサスの件を耳にしたのだろう。あそこはこの国でも有数の貿易拠点でもある。王都で商会を営んでいる者ならば、多かれ少なかれその影響は避けられないだろうからね」
「耳にしたと言うことは、アカンサスの件はまだ公には知らされていないのですわね」
「当然だね。そんな事をすれば今頃王都は大混乱だろう」
「もう結構経ってるんだ。噂くらいは広まってるはずだろ?」
「だとしてもだ。少しずつ広がっていくことと、公に認めるのでは天と地ほどの差があるものだよ」
「そう言うもんかね」
俺達がそんな事を話していると、こちらに気づいた人物が声をかけてくる。
「これはこれはエドガーさん。ようこそいらっしゃいました。本日はどの様なご用件でしょうか」
「少し仕事を頼みたくてね。カナリア嬢は居るかね?」
「ええ、旦那様なら自室で仕事をされてますよ。お呼びしましょうか?」
「いや、問題なければこちらから伺いたい」
「わかりました。では少々お待ちください」
その人物はそう言うと、奥へと引っ込んでいった。
「ソルトさん。私何故か嫌な予感がするんですが」
「奇遇だな。俺もだ」
暫く待つと、先程の人物が戻ってきた。
その人物は「ではこちらへどうぞ」と、俺達を最上階にある一室へと案内する。
「カナリア様。エドガー様をお連れしました」
「入って頂戴」
案内されたその部屋には、カナリアと呼ばれた人物の姿があった。
「あれ、思ったよりダメージが少ないな」
「……私は大ダメージですが」
女装した筋骨隆々のその男の姿に、俺はどこか懐かしさを覚えるのだった。




