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第82話 クロッカス商会

 周囲の建物と比較すると、若干見落とりするその建物には、黄色い縁取りがされた《クロッカス商会》と記載された看板が掲げられていた。

 

「ここがエドガーさんの言ってたお店ですか?」

「そうだ」

「一階が店舗になっているんですか?」


 建物を目の前にしたアンゼリカさんが、エドガーへと質問する。

 確かに外から見ると、とても店舗を構えている様には見えない。それどころか、どう見たってただの商会の事務所である。

 店舗を構えているのであれば、もう少し客を呼び込む店構えと言うものがあるはずだ。


「いや、察しの通りここはただの事務所だね。今回は無理を押し通さなくてはならないので、直接掛け合いに来たのだよ」

「無理? どういう意味だろ」

「きっと、明日までにーとかそういう事を言うつもりなんだよ。嫌な客だよね―」


 エドガーの回答を受け、後方からミントとリユゼルのそんなやり取りが聞こえてきた。そのやり取りは当然エドガーの耳に届いているようで、リユゼルの歯に衣を着せないその物言いに低く唸っていた。


「事務所だって言うなら、こんな大所帯で入るのは悪いんじゃないのかい?」

「ここが事務所というのなら店舗もあるんですわよね? それでしたら、私達はそちらに行って居たほうが良いのでは?」

「それが出来るならな。きっとこの店だって貴族御用達だろ? 俺達だけじゃ入れてもらえないんじゃないのか?」


 行って門前払いならまだいいが、そのまま場所を移す羽目になりかねない。大所帯で店の前でたむろすれば、店の人間だって追い払うくらいはするはずだ。

 出戻りするはめになるくらいならこの場で待っていたほうがマシである。


「お前、私が貴族だということを忘れていないか?」

「……お前はむしろエドガーに同行する側の人間だろうが」

「それこそエドガーさんの連れであることを言えば無碍には扱われないはずですよ。先方だって使用人を追い立ててはそれこそ商売になりませんからね」


 なるほど、確かに。でもエドガーの使用人か……。気乗りしないな。


 俺が気乗りしない素振りを見せていると、それを察したアンゼリカさんが苦笑いを浮かべる。


「君は私についてきたまえ。その方が面白そうだ」

「あんただんだん俺に遠慮がなくなってきたな」

「君にだけは言われたくないものだね」


 俺がエドガーへと向き直ろうとした瞬間、姉さんが俺達の間に割って入る。


「止めな。ソルト、あんたはエドガーに付いて行きな。あたし達はルミナの提案通り店舗の方へ行ってるさね」

「わかった、ではそうしてくれたまえ。場所は――」

「向かいの店ですよね。看板にもクロッカスって書いてありますし」


 エドガーの言葉を遮り、タイムが答える。

 今まで静かだと思ったらアメを食べ終えた後、周囲を飛び回っていたらしい。


「ああ、そうだ。なに大衆向けの物も揃えている所だ。危惧していたような問題は起こらないはずだ」

「それは……すごいですね」


 エドガーがさらっと言った大衆向けという言葉に、ミントが驚きの声を上げた。

 服なんてものはそんな安い買い物じゃない。平民で何着も所有している人間なんて、そう多くないはずだ。少なくともパニカムでは大衆向けの店など商売が成り立つまい。

 それが成り立つほど、この王都では平民も裕福であると言うことに他ならない。


「では、そのように」


 俺達は二手に分かれ、俺とエドガーはクロッカス商会へ入ろうと歩を進める。


「お前もついてくるのか……」

「はい、こちらの方が面白そうですし」


 俺達の後ろをついてくるルミナにため息を付きながら、屋内へ入った。

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