第7話 能力向上
「ソルトさん、ソルトさーん、朝ですよ。おはようございます」
翌朝、庭にある井戸から汲み上げた水で、顔を洗っていると、タイムが活動を再開した。
朝起きて、目を開けると、タイムが空中に揺蕩いながら寝返りを打っていた。
本当に休息を取れているのか気になったが、とりあえず放置しておいた。
「はい、おはようさん。しかしタイムも寝るんだな」
「当然です。私だって生物です。だから私もベッドが欲しいです!」
「その辺にラットがいたか」
「……嫌ですよ。なんでラットなんですか。それなら寝藁のほうが良いです」
金が無いからだよ。収穫はまだ一月くらい先だ。この時期は寝藁だって安くない。
「丁度いい、起きてきたなら――」
「朝ごはんですね」
「食べるのか? お前昨日食べなかったよな?」
「一日一食でいいので」
「……お前あそこゴブリンしかいなかったぞ」
「ゴブリンの話はやめましょう。いえ、食べてませんよ? 私じゃ倒せないですし。苔、あるじゃないですか」
確かにある。でもあれは食べ物じゃない。
俺でも食べたことはない。
「……生まれてどのくらい経ったんだっけ?」
「洞窟の中ですから詳しくはわかりませんけど、多分八日くらいだと思います」
「確か干し肉があったはずだ。出してやろう」
「わぁい、でも私野菜が良いです」
ちょっと優しくしてやろうと思ったらこれだよ!
◆◇
結局朝から森へ入り、きのこを取る羽目になった。
いろいろやることがあると言うのに、思わぬ時間の浪費である。
森の浅い所で見つけられたのは僥倖と言えた。
「それでさっきの話の続きだが」
「ふぁい、ふぁんふぇしふぁっふぇ」
タイムが焼いてやったきのこにかぶり付きながら応じる。
身の丈ほどあるきのこを二本目とか、どういう身体構造をしているのだろうか。
「食べながらでいいから黙って聞け。この後セインのところへ向かうわけだが、その前に両替してきたリジーをお前に渡す。確認するぞ。鉱石だけ取り出すことは可能だな?」
「ふぇっふぉふぇふふぇ」
「すまん、食べるのを止めてくれ」
タイムが口の中で咀嚼していたものを飲み込む。
「えっとですね。ただ塊を出すだけで良いんですか?」
「加工も出来るのか?」
「棒や板状にすることは出来ますけど、細工などは今の私には無理だと思います」
「なるほど、まぁその辺はいずれだな。鉱石っぽく出来るか? 出来るならそれで頼む」
「ええ、大丈夫です。センスが問われますね」
「問われねぇよ? 適当で良いんだからな?」
こいつ、芸術でも作るつもりだろうか。
まぁいい、やりたいようにやらせておこう。どのみち材質が変わるわけでもないしな。
「一気に渡した場合、明日にはまた必要ってことはないよな?」
「うーん、あんまり力を使いすぎると駄目ですけど、大抵は大丈夫です。私も消えたくないので嘘はつきませんよ?」
「別にその辺は疑ってない」
残金は443リジーか、全部ってわけにもいかないよな。
「とりあえず、300リジー渡す。そうしたら俺の……タイムは自分の能力を見れたりするのか?」
「私のですか? それは無理ですね。視覚から得た情報をお見せしているだけですから。私は私自身を見ることが出来ません。だから無理です」
「そうか、わかった。じゃあ取り敢えず、俺の能力を頼むよ」
俺はそう言ってから、リジーを掴む。
なんだろうな、動機がやばい。変化がなかったら泣くかもしれない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。行くぞ」
覚悟を決め、腕輪へリジーを押し付け、取り込ませていく。
「……んっ……あぁぁぁ、良いですねー。満たされてく感じがします」
「その分俺の財布は軽くなっていくんだがな。よし、これで終わりだ」
「延長をお願いします」
「そんなサービスはねぇよ。じゃあ頼む」
「はーい」
タイムは最後の一欠を飲み込むと、俺の視界に能力を映し出す。
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個体名:ソルト
力:1.1
魔力:1.5
素早さ:1.3
体力:1.2
技量:1
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300リジーでこの変化は異常じゃないか? 真面目に鍛錬するのがバカバカしくなってくる。
とはいえ、
「技量は上がらない、か」
「分かるから見せているだけですからね。ご自分で鍛錬してください。きっと身体能力が著しく変化したせいだと思いますから、慣れれば上がると思いますよ?」
技術には多少自信があったんだが、俺としてはショックである。
だがそうだな。欲を出しても仕方がない。せっかく機会を得たんだから頑張っていくとしよう。
「ああ、そうだな」
「そうそう、魔力が上がったおかげで防御障壁が出せるようになりました」
そう言って、タイムは目の前に、貨幣より少し大きい程度の防御障壁を出してみせる。
「その反応はがっかりしてますね!? でもこれ思った場所に出せるんですよ?」
「でもそれ俺は自由に使えないだろ……まぁいい、取り敢えずセインの所に――」
そう言いかけた時、壁の向こう側でけたたましい音とともに、何かがぶつかる。
「後一回はいけるか」
「言ってる場合ですか! どうにかしてください!」
装備を纏っている余裕はない。俺はダガーだけを持って家を飛び出した。