第73話 パニカムへ
「と言うわけで、パニカムへ帰るぞ」
俺達は一日の仕事を終えた後、《静寂の囁き亭》の一角で、ここ連日の習慣のようにテーブルを囲んでいた。
アンゼリカさんに頼んでいたルミナの件の調整が、ようやく目処がたった為、皆に呼びかける。姉さんとミント、そして堂々する一人を含めた三人で、パニカム前の道中の条件をクリアしていく算段だ。
「また突然だな。これだけ滞在したのだ。召喚状が届くまで留まれば良いのではないか?」
「いつまでも厄介になるわけにも行かないだろうが」
滞在費に関してはギルドから出るとしても、給金の方はそうではない。礼代わりに好意で使ってくれているとは言え、本来そこまで人数はいらないのだ。滞在が長引けば長引くほど恩を仇で返す事になる。
それは此処にいる面々の誰しもが本意ではないはずだ。
「大体、本当に王都から召喚状が送られてるなら道中で出くわす筈だろ? なんせパニカムは王都とアカンサスの間に位置するわけだしな。よっぽどの間抜けでもなきゃ乗合馬車に乗ってる人間くらい確認するさ」
「それもそうだな」とリナリアが意見を引っ込める。
「まぁ帰ることに異論はないさね。ただもう少し早く言って欲しかったね」
「突然でしたからね。夕方買い出しを頼まれた時に、ギルドへ立ち寄ったんですけど。その時言われたんです」
「なら仕方ないね。出来ればリユゼルに挨拶していきたいんだけど……」
ミントが残念そうに呟いた。
リユゼルは休みを貰ったのか、今日は姿を見せていない。タイミングが悪いと思わないでもないが、こればかりは仕方がない。
「そっちは明日の朝に済ませるしか無いな」
話が進んでいく中、ルミナが何やら考えこんでいる。
「さっきから大人しいがどうかしたのかい?」
「いえ、私はその方とお会いしていないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「それに関しては俺も気になってアンゼリカさんに確認したんだが、あの人絶対に大丈夫としか言わないんだよな。まぁ、アンゼリカさんだし間違いないとは思うが、念の為立ち消えになることも覚悟しておいてくれ」
「そうですわね。わかりましたわ」
ルミナに続き、それぞれ頷いていく。
「所でソルト。早く帰りたいのは本当に宿の負担が理由かい?」
「本当だ。姉さんは一体俺を何だと思ってるんだ……」
「でもそれだけが理由じゃないでしょう?」
笑顔で見つめてくるミントから、俺はそっと視線を外す。付き合いの長い二人がごまかせない。
「そう言えば、侯爵家の宝物庫での一件はうやむやのままだったな」
「ぐっ……」
「言っておくが、逃げられないぞ?」
「まじかよ、悪いのは魔物のだろう。百歩譲ってもアルカイドのせいだろ……」
「雇った侯爵様の所為と言わないあたりは最後の良心でしょうか」
一緒になってタイムまでも責め立ててくる。ただこいつ、自分も危険だってことをちゃんと理解しているんだろうか。
「そちらに関してはなるようにしかなりませんわ。皆さん準備があるのではありませんか?」
店の仕事が終わってからと言うこともあって、夜も遅い。疲れを残さないためにも早々に寝たほうが良いかも知れない。
「そうだな、今日はこれで解散としようか」
そう言って、俺達はそれぞれ部屋に戻った。
翌日、俺達は準備を済ませた後、フォトンへ挨拶を済ませる。店内にリユゼルの姿はなく、フォトンに尋ねても今日は来ていないと答えるだけだった。
俺達は後ろ髪を引かれる中、アンゼリカさんに頼んでいたメンバーを紹介して貰うため、ギルドへと向かった。
「……で、なんでここにいるんだ。リユゼル」
ギルドの中へ入ると、そこには旅支度を済ませたリユゼルの姿があった。




