第72話 幕間 フェンネルの課題 後編
「露出も少ないですし、無難ですね」
「当たり前だろ、お前は装備に何を期待してるんだよ」
俺がミントに選んだ装備を見たタイムが、そんな感想を言ってくる。極力動きを阻害せず、軽く、致命傷だけはしっかり避ける、などと考えていたら、まるでスカウトの様な出立となっていた。
基本は皮製だが、胸当てにだけは金属が仕込まれている。姉さんじゃないが、ミントもあまり重い装備だと動けなくなってしまう。結局の所、どこかで妥協が必要となった。
「もっとソルトさんの好みを押し付けたような装備を、着せればいいじゃないですか!」
俺はタイムの背後に居る、今にもタイムを握りつぶそうなほど、殺気を迸らせている姉さんを視界に捉え、
「例えば?」
面白そうなので煽ることに決めた。ミントは店主とやり取りしているため、こちらには気づいていない。
「(鬼ですわね)」
俺の意図に気づいたルミナが、慄きながら呟く。ここ暫くアカンサスに滞在している間に、姉さんがミントをどう扱っているのか知っていたらしい。
「そうですね。踊り子の服とか良いと思いませんか? 後は司祭服とかどうですか?」
「司祭服はともかく踊り子の衣装ってなんだ。そんな装備で戦えるわけないだろうが」
踊り子の衣装は何度かみたことがあるが、ほぼ半裸と言って過言ではなく、身を守れる箇所など殆ど無い。魔法が込められた装備ならいざしらず、戦えるたぐいの装備で無いことは間違いない。
大体、こいつミントにそんな格好させてどうするつもりなんだろう。
「いい度胸じゃないさね。タイム、あんたもしかしてあたしが近くにいるの忘れてるんじゃないだろうね?」
そんなタイムの背後から姉さんが声を掛ける。その声が聞こえると同時に、タイムが体をブルブルと震わせ始めた。
「はっ! つい!」
その後、タイムの断末魔の声が店内に響き、それに関して姉さんが店主から注意を受けるという一幕をはさみ、姉さんが再び装備を物色する。
「それで、何か良さそうなのはあったのか?」
「それだけどね、これどう思う?」
姉さんが一足の革靴を持ち出した。ただ、革靴としては何やら違和感がある。
「革靴……にしては……ああ、なるほど、底が厚いのか……」
「……お姉ちゃん、それ履いてちゃんと歩けるの?」
その革靴を目にしたミントが指摘する。
確かに、高さを稼ぐという目的を果たしてはいるが、とてもバランスが悪そうだ。
「まぁ、それなりに慣れる必要はあるだろうさね」
「……本当に大丈夫かなぁ」
「まぁ、最悪脱げば良いんじゃないか?」
「そんな簡単に脱げるものではありませんわよね?」
「……確かに」
そもそも脱げないように固定するんだから、そんな簡単に脱げてもらっても困るよな。
「やっぱり慣れるしか無いんじゃない?」
「幸い、練習相手なら居るようですし」
そう言ってルミナがタイムを見る。
「ちょっと! もう罰は受けましたよね!?」
「何、ただの追いかけっこさね」
タイムが咄嗟に腕輪に逃げ込もうとするが、その瞬間、ルミナの結界が腕輪を包む。すると、タイムが腕輪から弾き飛ばされた。
「……そんなこと出来るのかよ」
「頑張ってくださいまし」
腕輪に入れないと見ると、タイムはすぐさま踵を返し、店の外へと飛び出していく。
その後、タイムは会計を済ませた姉さんに店先で捕らえられるのだった。




