第6話 爺
途中両替商の元へ立ち寄り、ジールをリジーへと両替した。
当然、手数料が必要となる。
だが、1リジーも1ジールも得られるものは、多少の違いしか無いと言うのだから仕方がない。
そうこうしていると、俺達が家に帰る頃には、夜はすっかり深まっていた。
『へぇ、ここがソルトさんのお家なんですね。フェンネルさんとは真逆じゃないですか』
俺の家は村の東の更に外れにある、見窄らしいあばら家である。こんな所に住んでいるのは、極度の人間嫌いだった爺さんが、村の傍に住むのを嫌ったのが原因だ。
爺さんが亡くなった後、村の傍へ移ることも考えたが、結局愛着のある家にダラダラと住み続け、今日に至っている。
森から近いこともあって、いざというときの非常食に困ることもない。
周囲に人がいないため、タイムが腕輪から飛び出し、周囲を飛び回っている。
大体10mくらいの位置で前に進めなくなっているのは、恐らく俺から離れられる限界距離なのだろう。
「ここって魔物とか出ませんよね?」
「稀にボアとかは出るな。二、三回くらいなら大丈夫だ」
「不穏な上に具体的な回数、やめて貰えますか」
そんな話をしながら、俺達は家の中へと入る。
入り口傍に置いてあるランプに火を灯し、そのまま中央のテーブルへと運ぶ。
身につけていた装備を外し、テーブルの上へ置いていく。
これから手入れをするのかと思うと気が重い。
「まぁ、やらないわけにはいかないんだが」
俺は椅子に座ると、一つ一つ装備の点検していく。
「ソルトさん、ソルトさん。この本はなんですか?」
タイムが本棚においてあった一冊の本を運んできた。
大した厚さはないとは言え、自分より大きな本を運んでくるのだから、なかなか器用である。
「ああ、そりゃ爺さんが死ぬ間際に書いてた本だな。古の魔王が気まぐれで拾った子供と暮らして、最後は心穏やかに死んでいくとかいう、大して盛り上がりもない話だよ」
家財道具が一切盗まれてしまったため、爺さんの遺品はこの本と、俺が身につけている腕輪しか残されていない。
「なんだか懐かしい感じがします……」
「初めてきた家で何を言ってやがる。見てもいいが、ちゃんと元の場所へ戻しておけよ」
「どんなお爺さんだったんですか?」
「極度の人間嫌いで気難しい爺さんだったよ。その上、化物みたいに強いんだ。俺は爺さんに色々仕込まれたんだが、事あるごとにお前は才能がないとか言いやがって、あー思い出しただけでも苛々してくる」
実際に才能がないことは自覚している。結局爺さんの教えの半分も実践できなかった。
「へぇ、ソルトさんはお爺さんが嫌いだったんですね」
「いや、そんな事はねぇよ。爺さんには感謝してる。途方に暮れていた俺を拾って、生きる術を仕込んでくれたわけだからな。特に野草の知識には本当に感謝してる」
「……それは、食べたんですね」
タイムは呆れたように言うと、俺が作業している横で本を開いて読み始める。
こいつ、字も読めるのか。
この町の冒険者だって半分くらい読めないってのに。
――――――
一人の子供が草原に寝転がっている。
人里は遠く、魔物もうろつく、子供が一人で出歩くには不釣り合いな場所だ。
「小僧、こんなところで何をしている?」
声をかけたのは気まぐれだ。人間に興味があったわけではない。
子供が答える。人買いに売られそうになったから逃げてきたのだと。
「小僧、その者たちが憎いか?」
子供が答える。自分を虐げ、売ろうとした孤児院の連中が憎いと。
「小僧、その者たちに復讐したいか?」
子供が答える。
「あんたは馬鹿だな。そんな事をして何になるんだ。俺はこれから自分が幸せになるのに忙しいんだ。あんな奴らに関わってる時間はないね」
返ってきた言葉は予想とは真逆の言葉。
我の想像の埒外。やせ細り、今にも死んでしまいそうな子供が、目だけはギラつかせている。
それが面白いと思った。
「くっくっく、面白い。良いだろう。我が直々に生きる術を教えてやる」
ほんの気まぐれだ。悠久の時の中、この様な遊戯に興じるのも悪くはない。
――――――
「気が散るから声に出して読むんじゃない。読むなら静かに読め」
こいつ、朗読の才能はないな。あまりに抑揚がなくてびっくりした。
聞いてると不安になってくる。
「ソルトさん、これってソルトさんのことですか?」
「言うと思った。違うよ。俺も爺さんもその物語の人物とは似ても似つかない。だいたい、俺が爺さんと初めて話したのはこの家の中だからな。気を失って倒れてたところを、この家に担ぎ込んでくれたらしいぜ」
と言うか正直記憶にない。
その後も爺さんとはそんなやり取りしていないしな。
「それに……」
「それに?」
「まぁ、確かに魔王みたいに強くはあったよ」
魔法だろうが、武器だろうが、なんでもござれだった。長らく冒険者を続けてきたが、未だにあの爺より強いやつにお目にかかったことがない。
思いがけず若くなったのだ。あの爺より強いやつを探して旅するのも面白いかもしれない。
久々に感じる懐かしさの中、その日の夜は更けていった。