表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/162

第6話 爺

 途中両替商の元へ立ち寄り、ジールをリジーへと両替した。

 当然、手数料が必要となる。

 だが、1リジーも1ジールも得られるものは、多少の違いしか無いと言うのだから仕方がない。


 そうこうしていると、俺達が家に帰る頃には、夜はすっかり深まっていた。


『へぇ、ここがソルトさんのお家なんですね。フェンネルさんとは真逆じゃないですか』


 俺の家は村の東の更に外れにある、見窄らしいあばら家である。こんな所に住んでいるのは、極度の人間嫌いだった爺さんが、村の傍に住むのを嫌ったのが原因だ。

 爺さんが亡くなった後、村の傍へ移ることも考えたが、結局愛着のある家にダラダラと住み続け、今日に至っている。

 森から近いこともあって、いざというときの非常食に困ることもない。


 周囲に人がいないため、タイムが腕輪から飛び出し、周囲を飛び回っている。

 大体10mくらいの位置で前に進めなくなっているのは、恐らく俺から離れられる限界距離なのだろう。


「ここって魔物とか出ませんよね?」

「稀にボアとかは出るな。二、三回くらいなら大丈夫だ」

「不穏な上に具体的な回数、やめて貰えますか」


 そんな話をしながら、俺達は家の中へと入る。

 入り口傍に置いてあるランプに火を灯し、そのまま中央のテーブルへと運ぶ。

 身につけていた装備を外し、テーブルの上へ置いていく。


 これから手入れをするのかと思うと気が重い。


「まぁ、やらないわけにはいかないんだが」


 俺は椅子に座ると、一つ一つ装備の点検していく。


「ソルトさん、ソルトさん。この本はなんですか?」


 タイムが本棚においてあった一冊の本を運んできた。

 大した厚さはないとは言え、自分より大きな本を運んでくるのだから、なかなか器用である。


「ああ、そりゃ爺さんが死ぬ間際に書いてた本だな。古の魔王が気まぐれで拾った子供と暮らして、最後は心穏やかに死んでいくとかいう、大して盛り上がりもない話だよ」


 家財道具が一切盗まれてしまったため、爺さんの遺品はこの本と、俺が身につけている腕輪しか残されていない。


「なんだか懐かしい感じがします……」

「初めてきた家で何を言ってやがる。見てもいいが、ちゃんと元の場所へ戻しておけよ」

「どんなお爺さんだったんですか?」

「極度の人間嫌いで気難しい爺さんだったよ。その上、化物みたいに強いんだ。俺は爺さんに色々仕込まれたんだが、事あるごとにお前は才能がないとか言いやがって、あー思い出しただけでも苛々してくる」


 実際に才能がないことは自覚している。結局爺さんの教えの半分も実践できなかった。


「へぇ、ソルトさんはお爺さんが嫌いだったんですね」

「いや、そんな事はねぇよ。爺さんには感謝してる。途方に暮れていた俺を拾って、生きる術を仕込んでくれたわけだからな。特に野草の知識には本当に感謝してる」

「……それは、食べたんですね」


 タイムは呆れたように言うと、俺が作業している横で本を開いて読み始める。 

 

 こいつ、字も読めるのか。

 この町の冒険者だって半分くらい読めないってのに。


――――――

 

 一人の子供が草原に寝転がっている。

 人里は遠く、魔物もうろつく、子供が一人で出歩くには不釣り合いな場所だ。


「小僧、こんなところで何をしている?」


 声をかけたのは気まぐれだ。人間に興味があったわけではない。


 子供が答える。人買いに売られそうになったから逃げてきたのだと。


「小僧、その者たちが憎いか?」

 

 子供が答える。自分を虐げ、売ろうとした孤児院の連中が憎いと。


「小僧、その者たちに復讐したいか?」


 子供が答える。


「あんたは馬鹿だな。そんな事をして何になるんだ。俺はこれから自分が幸せになるのに忙しいんだ。あんな奴らに関わってる時間はないね」


 返ってきた言葉は予想とは真逆の言葉。

 我の想像の埒外。やせ細り、今にも死んでしまいそうな子供が、目だけはギラつかせている。

 それが面白いと思った。


「くっくっく、面白い。良いだろう。我が直々に生きる術を教えてやる」


 ほんの気まぐれだ。悠久の時の中、この様な遊戯に興じるのも悪くはない。


――――――


「気が散るから声に出して読むんじゃない。読むなら静かに読め」


 こいつ、朗読の才能はないな。あまりに抑揚がなくてびっくりした。

 聞いてると不安になってくる。


「ソルトさん、これってソルトさんのことですか?」

「言うと思った。違うよ。俺も爺さんもその物語の人物とは似ても似つかない。だいたい、俺が爺さんと初めて話したのはこの家の中だからな。気を失って倒れてたところを、この家に担ぎ込んでくれたらしいぜ」


 と言うか正直記憶にない。

 その後も爺さんとはそんなやり取りしていないしな。


「それに……」

「それに?」

「まぁ、確かに魔王みたいに強くはあったよ」


 魔法だろうが、武器だろうが、なんでもござれだった。長らく冒険者を続けてきたが、未だにあの爺より強いやつにお目にかかったことがない。

 思いがけず若くなったのだ。あの爺より強いやつを探して旅するのも面白いかもしれない。


 久々に感じる懐かしさの中、その日の夜は更けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ