第67話 これから
あれから一週間、俺達はまだアカンサスへ滞在している。騒動の核心に位置していたこともあり、騒動が収まったからと言って、街を離れるわけにも行かなかったからだ。
滞在費はギルドの方で面倒を見て貰えたため、そちらに関しては問題ない。問題はタイムの維持費の方である。事情聴取もあって街から離れるわけにも行かず、ろくに依頼が受けられなかった。
みんなで苦慮していたところ、リユゼルが宿の主人に頼んでくれ、食堂で働くことで日銭を稼いでしのいでいる。
宿の主人であるフォトンさんは、本来礼をしなければ行けないのに、こんなことしか出来なくて済まないと言っていたが、ただただ感謝である。
ルミナに関しては、リユゼルと姉さんが協力してくれた。リナリアが役に立たなかったため、この問題が解決しない限り、街を離れられないというのが目下の問題だ。
「私が清純な乙女から外れるのはおかしい!」などと騒いでいたが、そんな事は俺に言われても困る。俺としては、その条件を姉さんが満たしたことのほうが驚きだ。
ルミナが言うには、経験や肉体の蓄積が魔素として消化されたため、ただの少女として判別されたのだろうとのことだった。
何にせよ、清純な乙女の祈りが必要だとのたまい、眼下でいたいけな少女を祈らせてるルミナの絵面がやばい。一度それを目にした俺は、祈りの最中は席を外すことを固く心に誓った。
屋敷に関しては、あの屋敷に勤めていた貴族の子女に後始末を丸投げした。あの時助けた中にそいつも混じっていたそうだが、正直誰がそうなのかまでは良くわからない。
余り良い感情を持たれてないこともあり、恣意的な報告をされかねない危惧はあるが、ギルドからも報告を挙げるのだから、あまり酷いことにはならないはずだ。
というか、一週間も事後処理に協力しているのに、情状酌量はあると願いたいものである。
ギルドは引き続き、アンゼリカさんが取り仕切っている。元々留守にしがちのオレガノに代わり、事務作業の多くを担っていたこともあって、手続きに混乱する事はないようである。
ただ、支柱であるオレガノを失ったことは大きく、ギルドの空気は重い。それでも最後まで自分たちのことを気にしていたオレガノに報いるべく、誰もが力を尽くしており、遠からずそれも改善するはずだ。
亡くなったことで、アカンサスギルドの誰しもが尽力するのだから、オレガノの人望の厚さが伺える。エドガーでは絶対にこうは行くまい。
そして今、俺は宿の食堂で、テーブルに腰掛けている。周囲には姉さんやミントちゃん、そしてリナリアの姿がある。事件以降、余り時間が取れなかった為、棚上げとなっていたルミナの話を聞くためだ。
「妹は姉の言うことを聞けば良いのです」
「誰があなたの妹ですか! 大体生まれた順序で言うなら私の方が姉のはずです!」
話を始めた直後、タイムとルミナの喧嘩が始まった。薄々反りが合わなそうだとは感じていたが、完全に水と油らしい。
力の使い方を覚えるためと言うのもあって、ルミナはほとんどミントちゃんに付き添っていた。だからこれまで表面化しなかったのだ。
「私が妹? 笑わせないでくださいまし。記憶は愚か自分が何者かも知らなかったあなたが姉など認められるはずもないでしょう?」
「そんなの関係ないです。早く生まれた事が正義です!」
喧嘩の収まりそうにない二人は放置するとしよう。
ルミナから聞けた話はそう多くない。
一つ、ルミナ達を生み出したのはやはり爺である。いま発生している事態が起こることを見越して、このカレサリア大陸の要所へと仕掛けを施したのだそうだ。
二つ、ルミナが知る限り、残す精霊は二人。元々は地水火風の四元素と、光と闇の精霊を仕掛ける予定だったそうだ。だが、俺が二つ属性を持っていたため、不足分のみとしたらしい。
三つ、精霊を呼び起こすためには依代となる眷属と、俺の持つ腕輪、そして一度器を満たす事が必要なのだそうだ。ルミナが目覚めた時、あの場には瀕死のリユゼルが居た。そしてその周囲にはミントちゃんと屋敷のメイドが居た。偶然とはいえ、助かって欲しいと言う気持ちを軸に条件が整ったのだろう。
まだまだ聞きたいことはあるのだが、喧嘩が勃発したと言う訳である。
「放って置いて良いのかい?」
「好きにやらせるよ。どの道まだしばらくはこの街を離れられそうにないしな。姉さんの方こそ良いのか? アルカイドのやつきっとミントちゃんにも目をつけたはずだぜ?」
「それに関しては良いとはいえないさね。ただ、ルミナのおかげでミントの体調が人並みになれたのは良い事だよ」
ルミナのやつもタイムほどではないが、眷属に対し能力の補助ができるらしく、ミントちゃんが人並み程度の身体能力を獲得していた。
それにしても、眷属に限定されるせいで、姉さん以外には能力向上させられなかったんだな。何が自分の能力に関しては心得ているだ。まるで理解できていないじゃないか。
当事者であるミントちゃんはタイムとルミナの仲裁を頑張っていた。ここ数日、空いた時間でルミナとともに力の使い方を学んでいるらしい。あの日目の当たりにした才能を思えば、遠からずそのへんの冒険者をごぼう抜きにしそうである。
「で? そっちは何を考えている」
俺は何やら考え込んでいるリナリアに水を向けた。
「いや何、後二人いるのだなと考えていただけだ」
「言っておくが、元々リナリアはパーティーじゃないんだから機会はないからな」
「ふふん、これに関しては不明なのは貴様の方だな。センティッド王国の要処の一つであるアカンサスがこの惨状なのだ。程なくして当事者である我々は王都へと召喚されることだろう」
リナリアが胸を張って断言した。
確かに無いとは言い切れない。こいつこの調子で、なし崩し的にずっと付いてくるんじゃないだろうな。
「頭にきました! 表に出てください!」
「上等ですわ! 身の程というものを思い知らせて差し上げます!」
「ちょっとソルト君! 二人を止めてよ!」
なぜこいつは結界しか使えないのに、こんなに強気なのだろうか。
俺はリナリアの言ったことが現実とならないよう祈りながら、仲裁に向かうのだった。




