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第60話 ルミナ

「ちっ、霧はどうなった」


 光に視界が奪われ、周囲の状態がまるで把握できない。こんな状態で襲われれば一溜まりもない。


「タイム! すぐに結界を――」

「ご安心ください。外にいる下郎共々締め出しておりますわ」


 光の向こうから聞き慣れない声が聞こえてくる。


 メイドの誰かか? いや、そんな訳はないな。そんなことができるなら、そもそも逃げる必要もない。


 徐々に光が収まっていく。すると、その向こうから高司祭が纏うような衣装を身に着けた少女が姿を現す。

 いや、それは厳密には正しくないかもしれない。何しろタイムとほぼ同様の身長しか無いのだ。タイムの同類と言った方がより正確と言える。


「初めましてご主人様。私はルミナと申します。どうぞよろしくお願いします」


 ルミナと名乗ったその少女は、俺に向かって恭しく一礼した。


「ご主人様? いや、そんなことより」


 視界が戻った俺は即座に霧の状況を確認する。霧はどう言うわけか光りに包まれ、身動きがとれないようだった。


「……これはどう言うことだ」

「話は後に致しましょう。ミントさんとおっしゃいましたわね?」


 空中からリユゼルを見下ろした、ルミナがミントちゃんへ話しかけた。ミントちゃんがリユゼルの手を握ったまま、泣きはらした目でルミナを見つめる。


「助けたいと祈りながら、今から私の申し上げる通りにおっしゃってください」

「え? あの……」

「傷つき倒れしかの者に、万象の楔を打ち払い、今こそ正定の祝福を、《ライトヒーリング》」


 ミントちゃんは困惑し、判断を求めるように俺を見た。俺は、そんなミントちゃんに頷き返す。


「傷つき倒れしかの者に、万象の楔を打ち払い、今こそ正定の祝福を、《ライトヒーリング》」


 ミントちゃんがルミナの言ったとおりに口にすると、リユゼルの直上に光が現れる。

 その光は粒となってリユゼルに降り注いでいく。すると、またたく間にリユゼルの傷がふさがった。

 そればかりではない。出血が酷かったリユゼルの体内に、血液が戻っているのか、赤みがさし始めている。これならもう心配はないだろう。


「……すごい」


 メイドの誰かが感嘆の声を漏らした。


 全くだ、一般の神官が使用する回復魔法ではこうは行かない。裂傷を治療するだけでも十数分は必要だ。神官の治癒魔法はけして万能のものではない。例え治癒魔法が使えたとしても、並の術士であれば先程のリユゼルの傷は間違いなく致命傷だった。


「おい、あれはお前のお仲間か?」

「わかりません。私記憶がありませんし」

「……そうだった」


 タイムと俺の会話を聞き、ルミナがこちらへ振り返る。ルミナは大きく肩を落とし、ため息を付いた。


「やはりですか。薄々そうじゃないかと思っていましたが、やっぱりそうだったんですわね」

「どうやらお仲間みたいだぞ」

「そうみたいですね」

「全くもって嘆かわしい。その調子では力も十全に発揮できていないのではないですか?」

「いきなり現れて失礼ですね! あなたに何がわかるんです?」

「それです。何度か接触を試みましたが、あなた一度も気づきませんでしたわね?」


 接触を試みた? そういえばさっき二階の奥の部屋で物音がしたが、もしかしてあれか。


「さっきのあれか?」

「ええ、その通りですわ。さすがはご主人様」

「待ってください、納得できませんよ!? そんな不明瞭な言い方なら誰にだって出来ます。ただの太鼓持ちかもしれないじゃないですか!」

「馬鹿め、俺は持ち上げられるのは大好きだ」

「そんな恥ずかしげもなく……」


 しまった、周囲の視線が冷たい。俺は一度わざとらしく咳払いをし、ルミナに向き直る。


「ルミナちゃん、どうもありがとう」


 ミントちゃんがルミナヘ礼を言う。


「あら、気にする必要はありませんわ。誰かを助けるのは当然のこと。ましてや自身の眷属の望みを叶える為ならば尚更です」

「眷属?」

「ええ、そうです。私達を生み出す条件はご主人様の腕輪と、その器を満たせる眷属の存在が必要です。私で言えば清純な乙女の祈りの力がそれですわね」


 なるほど、つまり先程のミントちゃんの祈りが、ルミナという器を満たしたということか。そしてミントちゃんが眷属ってことだな。

 それにしてもこいつ今、聞き捨てならない事を言ったな。

 

「それは一度で良いんだろうな?」

「毎日一度、三人から祈って貰えれば十分ですわ」

「一人にまけろ」

「いえ、あの、値切られましても……」

「……あれ、私より酷いですよ」


 一人でも怪しいのに三人は無理だろう。どうしてこう無理な条件を持ち出してくるんだ。

 俺はこの先のことを考え、一層気が重くなった。

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