第59話 光
霧状の何かがホールを出た俺達の後を、変幻しながら追いかけてくる。
「どうするんです!? あの煙こっちを追ってきますよ!?」
「どうもこうも、こっちの攻撃が効かないんじゃどうしようもないだろ。結界でなんとかならないか?」
「消えるせいで捕らえきれません。仮に捕らえられてたとしても閉じ込められるかどうか……」
やるだけ無駄かもしれないってことか。
宝物庫までは目と鼻の先だ。悩んでいる暇など無い。俺は即座に決断を下す。
「一先ず廊下を結界で埋めてみてくれ」
タイムは頷くと、俺達のすぐ後ろを結界で封鎖した。すると霧はそこで進めなくなったらしく、結界に纏わりつくように移動している。
「思いがけず効果があったな」
「どうしますか? 閉じ込めますか」
「そうだな。頼む。どのくらい持ちそうだ?」
「……わかりません」
タイムが首を横に振る。
まぁそりゃそうか。多少なりとも効果があるなら、今はそれで十分だ。
そうこうするうちに、俺達は宝物庫の前へと辿り着く。ドアを軽くノックするが、中からの反応はない。
「誰も居ないんじゃないんですか?」
「そんな訳ないだろ。警戒してるんだろうさ」
俺は今度は呼びかけながら、宝物庫の扉を叩く。だが、やはり反応はない。
「まじかよ。確かに俺の印象悪そうだったしな」
「ソルトさん、合言葉、合言葉ですよ。ニードの実でしたっけ」
「扉閉めてるのはメイドの誰かだろ? それで開けて貰えるとは思えないが」
ラックの話を聞く限り、今ミントちゃんにそんな余裕があるとは思えない。扉を抑えているのは、メイドの内の誰かのはずだ。試しにノブを回してみるが、ガチャガチャと音がするだけで、ドアが開くことはない。
「ソルトさんがもっと気を使わないからですよ」
「守るだけで一杯一杯だってんだよ……」
そんなやり取りをしていると、鍵の開く音が聞こえ、ドアが開いた。
扉の向こうから、先程ラックと共に助けたメイドが顔を覗かせる。
「えっと……確か」
「ルーナさんです。ルーナさんですよ」
「そうそう、ルーナ、中に入れて貰えるか?」
ルーナはそれには答えず、ただただこちらの様子を窺っている。
「……あの、外の様子は」
「あまり芳しくないな。あれは色々厄介そうだ」
「そんな」
ルーナは扉の前から移動し、俺達を中へ通してくれた。中では残りの面々と、二人の姿がある。
リユゼルはミントちゃんの膝を枕にし、横たわっていた。衣服を破かれ、応急手当がなされているものの、その脇腹は巻かれた包帯と共に真っ赤に染まっている。
ミントちゃんはリユゼルの手を握り、涙を流していた。
「……ソルト君、リユゼルを……リユゼルを助けて」
絞り出すようなその声に、俺は答えられないでいた。
俺にもタイムにもそんな力はない。予想以上に出血量が多く、手持ちの傷薬では間に合いそうになかった。
周囲を確認すれば、宝物庫と言うだけあって、確かに宝物で溢れている。だが肝心の貨幣の類が見当たらない。売れば金になるでは、今の現状はどうしようもない。
「……ソルト……いるの?」
「……ああ、いるよ」
俺はリユゼルの傍へと移動し、膝をついた。
「……はは……失敗しちゃった……もう……駄目なのかな」
「……すまない」
「……そっか」
リユゼルが力なく笑う。その表情に既に生気はない。リユゼルの命はもはや風前の灯だ。
「ソルトさん! 来ます!」
「結界が破られたのか?」
タイムが頷く。直後、壁際に霧が出現した。霧は徐々にこちらへと近づいてくる。
「あいつ、攻撃力もあるのかよ」
「……行って……私に……かま……わず」
「駄目! 駄目だよ! 置いてなんていけない!」
「……おね……がい…………だか……ら」
「神様! 神様! どうかお願いです! 神様!」
ミントちゃんがリユゼルの手を固く握りしめ、一心不乱に祈りを捧げている。
その時、ミントちゃんを中心に魔法陣が展開されていく。
「ソルトさん、来ました! あの時の感じです」
「は!? なんで今」
魔法陣から光が立ち昇り、部屋を埋め尽くした。




