第56話 二階へ
俺は書斎に隠れていた面々を引き連れ、ホールへと戻ってきた。
もっとも、それほど広くもない部屋にあの人数が隠れるスペースはなく、部屋の中に籠もっているだけの状態だった。
まぁ、逃げ出していった二人の姿もあり、気がかりが一つなくなったことだけは収穫である。
ホールの中では助かった面々が、互いの無事を喜び合っている。ただ、当然とは言え、手放しで喜べはしないようで、やはりどこか複雑な表情を浮かべていた。
俺の傍にはミントちゃんとリユゼルがいる。やはり二人共、ネリネの父親である侯爵には思うところがあるらしく、どこか距離をとっていた。
『良いんですか? こんな落ち着いてて。二階も調べないといけないんですよね?』
『それはそうなんだが、ここに陣取られてんだから無視して進むわけにも行かないだろうが』
結局ホールでは反応は得られなかった。それに宿の主人たちの姿もまだ見つかっていない。ここに居ないということであれば仕方がないが、その判断を下すにも流石に早計である。
だからと言って、緊急事態だと先走れば侯爵の怒りを買いかねない。例え時間の浪費だろうと、見つけてしまった以上、言質はとっておく必要がある。
そんな事を話していると俺達の元へ、侯爵が近づいてくる。侯爵は目の前までやってくると、こちらに向かって深々と頭を下げた。
「此の度は我が娘が君たちに迷惑をかけた。心より謝罪する」
いつまでも頭を上げない侯爵に対し、二人は困ったように俺に視線を向けてくる。その目は、どう見ても、どうにかしろと訴えていた。
「……頭を上げてくれませんかね。あれはアルカイドの奴が裏で糸を引いていたようですし、侯爵様から謝罪されるようなことはないですよ」
「いや、この一件私にも非があるのは明らかだ。その様な言い逃れをするつもりはない」
「……判りました。ですがそれは後にしてくれないですかね。まだ屋敷内の安全を確保した訳じゃないですし」
「それならこちらに任せてくれ。君の手を煩わせるまでもないだろう」
その申し出を聞き、一度リユゼルへ視線を向ける。
「言いたかないですけど、もしかしたら知り合いがいる可能性があるんで、出来れば俺に任せて貰えませんかね」
それを聞いた侯爵は難しい顔をしている。侯爵という立場上、第三者に見せられないものなど多々あることだろう。例え表には出していないとしても、屋敷の中をうろつかれるのを嫌がるのは無理もない。
それに、こっちにこれ以上借りを作りたくないっていうのもあるんだろう。
「……分かった、良いだろう。君に任せよう」
悩む素振りを見せた後、渋々と言った様子で侯爵が頷いた。
『すごく嫌そうですけど』
『まぁ当然だな。とは言え、今の侯爵には手足がない。悪いがあの衛兵三人じゃ自分の身を守るのが精一杯だろう。結局はこっちを頼らざるを得ないだろうさ』
こっちとしても二人を守って貰わないといけないのだ。これが貸しになるとは思っていない。
「すみませんけど、二人をお願いします」
「ああ、任せてくれたまえ」
侯爵へ挨拶した後、俺は屋敷の二階へと繰り出した。




