第55話 アカンサスのマスター
あたしはオレガノへ向けて踏み出す。さっきのような馬鹿な真似はしない。あれはただの偶然だし、あの勢いではリナリアがついてこれない。
つま先まで神経を研ぎ澄まし、リナリアと速度を合わせながら、注意深くオレガノとの距離を詰めていく。
自分の力を使い切ることが良い攻撃じゃない。相手に有効打を与えられてこそ良い攻撃だ。
さっきのまぐれ当たりが脳裏を掠めたのか、オレガノがリナリアより先にあたしに狙いを定めている。
頭上から振り下ろされる重剣の一撃を、盾を使って脇へとそらす。すぐさま重剣を引き戻させないよう、上から抑えつけた。
その隙を突き、リナリアがオレガノへ迫る。
「もらった!」
リナリアが剣を振り抜く直前、オレガノが重剣を手放し、リナリアの横腹へ回し蹴りを決める。
重剣を手放されたことで、それを抑えつけていたあたしは、体勢を崩した。態勢を整えようとするあたしのもとへ、回し蹴りで蹴り飛ばされたリナリアが迫る。
「そのまま伏せて!」
後方から聞こえたその叫び声により、反射的に体を伏せた。すると、そんなあたしの真上をリナリアが通過していく。声に反応したのはあたしだけではなかったらしく、あたしにぶつからない様、リナリアも力に身を任せていたらしい。
伏せたあたしの目の前には、オレガノが手放した重剣が転がっている。あたしはその重剣を掴む。咄嗟の事で逆手になってしまったが、気にしている余裕はない。
あたしは力任せに重剣を振り抜いた。
「壁よ!」
後方へ飛んで避けようとするオレガノの背後に土壁が現れ、それを阻んだ。
あたしはその土壁とともにオレガノの胴を両断した。
そのオレガノのそばに、アンゼリカが膝をつく。
オレガノの体が地面に落ちる。だが、決着がついた所で誰一人歓声を上げることはない。
「だから言ったじゃないですか。一人で勝手に行動しないでくださいって。人の言うことを聞かないからこういうことになるんですよ?」
声のした方を見ると、そこにはアンゼリカの姿があった。随分と急いだらしく、アンゼリカはギルドの受付の衣装のままだ。ただ手には魔法用の杖を持っている。
「……ごふ……お前が出るのは反則だろう」
「時間がありませんでした、留守を預かった以上、いつまでもここへ戦力を留めておくわけには行きません」
淡々とした声音で、極めて事務的に。ただその瞳は赤く染まり、目尻には涙が溜まっている。
オレガノがうつ伏せだった体を、自身の力で仰向けにした。
オレガノは顔をあたしの方へと傾け、話しかけてくる。
「正直不満しか無いが、一先ずよしとしておいてやる。合格の証だ。重剣は持っていけ」
「……ありがたく使わせて貰うよ」
あたしが頷いたのを見て、オレガノが満足げに笑みを浮かべた。
「他はもっと駄目だな。そっちはお前に任せる」
「任されました」
「敵討ちなんて考えなくて……いい。だが連中は……倒せ、あれは……いちゃいけない連中だ」
「はい、そのように」
オレガノの血の気が急激に失せていく。
除々に、言葉の方も覚束なくなり始めていた。
「侯爵のところへ……急げ、怪しいのは……あそこだ」
「はい」
「後は……もう……何も…………ねぇな」
「これだけ迷惑をかけておいて、私には何もなしですか?」
「…………せわ……に……なった」
「……それだけですか?」
「…………」
オレガノから言葉は返ってこない。オレガノは満足げに笑みを浮かべ息を引き取った。
「しょうがない人ですね。最後まで仕事を押し付けて逝くんですから」
アンゼリカはそれだけいうと、静かに目を閉じた。暫く黙祷を捧げた後、立ち上がり、未だ泣いている冒険者たちへと振り返る。
「状況は未だ解決していません。皆さんには引き続きご協力をお願いします」
そう言って、アンゼリカが頭を下げる。「おお!」と言う叫びとともに、冒険者が散っていく。
その後、アンゼリカがこちらへと向き直った。
「お二人は侯爵の屋敷へと向かうのですか?」
「ああ、そうさね。残った連中を放っておけないからね」
「そうですか。そちらはお任せします。どうか、ご武運を」
こちらがすぐにでも移動したいと思っているのを、感じ取ってかアンゼリカはすぐに話しを切り上げた。その後、一礼しギルドの方へと歩いて行った。
「それじゃあリナリア、行くよ」
「ああ……ただ馬をだな」
「探している暇はないさね」
こんな騒乱の中、借り受けに行く暇はない。
「まぁ、途中で借りられたら借りていくさね」
あたしは、再びリナリアを担いで走り出した。




