第54話 兆し
「まったく、良い男じゃないか」
「正気で言っているのか? お前はあんなバカげた話を信じるというのか?」
リナリアが軽く混乱しているのが伝わってきた。言いたいことはあたしにも十分判る。敵だの味方だのコロコロ変わりすぎさね。この街に来てからのことが、一切合切悪夢とさえ思えてくる。
だがさっきの言葉は信じられる、いや信じたいと思った。
きっとソルトなら何かしら理由を求めるんだろうけどね。
遠巻きに呆然と眺めていたこの街の冒険者が、次々にオレガノに仕掛けていく。さすがのオレガノも捌ききれていないようで、僅かに傷を負ってきている。
それでも七人も八人も相手にして、僅かに傷を負う程度に留めているのだから、十分異常だ。
返り討ちにあった者の中に殺されたものは居ない。信じるには十分じゃないか。
「ああ、信じるさね。この街に来てからろくな目にあってないからね、せめて少しくらいはいい思い出が欲しいじゃないさね」
「これが良い思い出か? お前の言っていることはよくわからんな。まぁいい、どの道倒すことには変わらんのだからな」
どうやら考えることを止めたらしい。まぁ、うだうだと悩まれるよりましかね。
あたし達は各々踏ん切りをつけ、再びオレガノを見据える。集まっていた冒険者はその数を減らしつつあった。結局、オレガノはダメージらしいダメージを受けてはいない。
ギルド内ですら頭一つどころか、二つ三つ抜けていたのかもしれない。
「それで何か策はあるのか?」
「そんな物ありゃしないよ。ただ、戦い方を変えるだけさね」
これまで通り力に頼ってはいられない。この先を生きていくには矯正しないとね。
一度大きく息を吐き、今一度オレガノに視線を向ける。
可能な限り身を沈め、大きく地面を踏み込む。すると、自分でさえ予想していなかった速度で身体が打ち出された。
行く先ではオレガノが待ち構えている。こちらを完全に捉えており、このまま行けば先程の二の舞になるのは間違いない。
……ただ速いだけじゃ無理か。まずいね。
あたしはなんとかタイミングを外そうと、剣を強引に石畳に突き刺す。
バキンッと言う金属が折れる音と共に、自身の体がオレガノの前で半回転する。迫りくるあたしに対処しようと、腰を落とし重剣を下段に構えていたオレガノの肩へ、踵を振り下ろす形となった。
まともにそれを受けたオレガノは、その場に片膝をつく。あたしは、その蹴りの反動を利用し、オレガノの後方の少し離れた位置に着地する。
直後、オレガノの身体を火球が貫いた。周囲にざわめきが起こる。何より、それを成したあたしと魔法を放った子が一番驚いている。
「今だ! 続け!」
誰かが発した号令に周囲の冒険者が応え、一斉に仕掛ける。
「連携が遅い! ざわついている場合か!」
怒号と共にオレガノが一閃する。それにより、オレガノに迫っていた冒険者が弾き返された。
「リナリア!」
「分かっているとも、私とて伊達にエドガー様の薫陶を頂いているわけではないのだ」
威力が確実に落ちている。先程まで壁に叩きつけられていたところが、後退するに留まっている。好機であることは間違いないのだ。それに、武器が壊れてしまった以上、ここで攻めきらないとあたしに後はない。
あたしは持っていた剣と盾を持ち変える。
そして、リナリアと共に今一度、オレガノへと挑んでいく。




