第53話 矜持
オレガノはただ悠然と重剣を構えている。
あたしは仕掛けるために隙を窺うが、隙がまるで見えてこない。リナリアの方も同様のようで、剣こそ抜いたものの、仕掛けられずにいる。
「ほらどうした、かかってこないのか?」
オレガノが煽ってくる。あたしは覚悟を決め、真正面からオレガノに斬りかかった。
小細工無しで放った全力の一撃を、オレガノは難なく受け止める。
オレガノはそのまま押し出すようにあたしを弾き飛ばす。あたしはそのまま家の壁へと叩きつけられた。
「そんな小柄な体格で力任せに攻めようなんざ舐めてんのか?」
オレガノはそういった後、リナリアに視線を向ける。
「それで、そっちはまだ動かないのか? なんだったら帰ったって良いんだぜ? 威勢が良いのは口だけだな。エドガーの奴が嘆く気持ちもよく分かるぜ」
「黙れ! この様な真似をする者共に寝返った貴様に言われる筋合いはない!」
罵声を浴びせられ、リナリアが吠えた。リナリアはそのままオレガノへ剣を振るう。
上段から振り下ろした剣をオレガノが防ぐと、すぐさま下段へと仕掛ける。
重剣と言う得物が故、反応が遅れると狙ってのことだろう。
だが、オレガノは重剣でそれを弾き返す。リナリアが再度仕掛けようとするが、剣を引こうとした瞬間、オレガノが重剣を振り抜いた。
リナリアの体が宙を舞い、あたしの傍の壁へと叩きつけられる。
「狙いは判るが、その程度じゃ負けてやれないな。ギルドマスターって肩書はそう安くないんだよ」
「余裕じゃないか。あれだけ余裕があればあたしらを殺せたはずだろう?」
「言っただろう? 揉んでやるって。お前らを殺すことに興味はねぇよ」
リナリアの攻撃を全て重剣でいなしてみせた。それでけの芸当ができるのであれば、間違いなく殺せていたはずだ。だと言うのに、あたしもリナリアもまだ息をしているのは、暗に実力差を見せつけるためということか。エドガーといい、こいつといい、実に性格が悪い。
「全く舐められたもんだね」
あたしの悪態に、オレガノはニヤリと笑う。
あたしは剣を杖代わりにし、なんとか立ち上がる。たったの一撃だと言うのに、既にこちらの身体は悲鳴を上げていた。あからさまに手を抜かれているにもかかわらず、この体たらくは実に癪に障る。
「それだけ強いのにどうしてあんな奴の側についたんだい?」
「くだらん、目の前の事態を解決できないやつが、そんな事を考えてる場合かよ」
オレガノはそう言って、あたしとの間合いを一瞬で塗りつぶし、重剣を振り下ろした。
あたしはその一撃を剣で受け止める。
重剣による一撃を真正面から受け止めた剣が悲鳴をあげる。このままでは剣が折れると思った矢先、あたしはオレガノに蹴り飛ばされた。
「そう言えばお前さん、その姿に変わったのはつい先日だったな。だからか? そんな間抜けな戦い方をしてるのは。伝説に出てくるような剣でもなきゃ重剣の一撃に片手剣が悲鳴をあげるのは当たり前だろうが。何を気にしてるのか知らんが、そんな戦い方しかできんやつがどうして片手剣なんぞ使ってやがる」
「こっちにだって事情があるさね」
「馬鹿が、お前さんの事情を気遣って相手が手加減してくれるとでも思ってんのか。戦えてるって意味じゃ今のお前さんより、リナリアの方がよっぽどマシだ」
タイムと出会ったあの日以来、自分の力を持て余しているのを、あたし自身も理解している。それだけに、オレガノの言葉は実に耳が痛い。
「どうした? もう終わりか? 違うならとっとと立ちやがれ」
「……何故だ……とっとととどめを刺せば良いものを。何故そうしない」
どうにか立ち上がったと言った様子のリナリアが、オレガノに問いかける。
「何度も言わせんな。俺はお前たちを殺すことに興味はない。良いからとっととかかってきやがれ」
そう答えたオレガノが喀血した。
「もっと時間があると思ってたんだが、そうでもないらしいな。配役に逆らう駒は必要ないってか」
「……どう言うことさね」
「アルカイドの野郎が俺より強かった。ただそれだけの事だ。だが俺にもアカンサスギルドのマスターとしての矜持ってやつがあるのさ。例え敵の駒へと作り変えられようが、ギルドの冒険者に手をかけるつもりはない」
オレガノが口についた血を拭う。恐らくはアルカイドの魔法に逆らっているためなのだろう。
「ほら、後ろで見てる連中もとっととかかってこい。アカンサスギルドのマスターであるオレガノが、これからを生きていくお前らに最後の手ほどきをしてやる」
戦闘の音を聞きつけたのか、いつの間にか周囲には幾人もの冒険者が集まっていた。その中には歯を食いしばり、涙を堪えているものもいる。
あたしは今一度剣を強く握りしめた。




