第4話 予兆
「はて、思い当たることはなにもありませんがね」
厳しい目をこちらに向けるギルマスに対し、俺はとぼけてみせる。
『はぐらかすのは無理がありませんか? 失礼ですけど、ソルトさんが今まで気づかれなかったのは――』
『誰も俺に興味がなかったって言うんだろ? わざわざ言わなくていい。よく見りゃ俺の状態が異常だってのは誰にでも分かる。俺だってごまかせるとは思っちゃいないさ。だが、わざわざこちらからカードを切ってやる気もない』
『あまり意固地になると、実力行使されますよ?』
『だよなぁ……めんどくせぇ』
今後を思えばギルマスとの関係悪化は何一つ得をしない。
しかし、タイムのことは伏せておきたい。
ばらすにしたって、もう少し自分で状況を整理した後がいい。
「あの依頼の重要性を理解していないわけではないのだろう? 失敗したクエストの事を詳らかにすれば、君の沽券に関わるということは重々承知しているつもりだ。しかし、そこを曲げてお願いしたい」
「予想外の数のゴブリンの襲撃を受けた。探索の継続が困難なほどの損害が発生した。それ以上は危険と判断し、引き返した。どこか不可解な点でもありましたかね?」
報告をした際の内容を、そのままたんたんと暗唱する。
それを黙って聞いていたギルマスの表情が、一段と険しくなった。
『ソルトさん……』
『憐れむような声で呼びかけてくるな。俺は何一つ嘘は言っていない。ただ間を少し省いているだけだ』
「もしごまかせると考えているのなら、流石に心外だな」
ギルマスが膝の上で指を組んだ。その一連の所作からは、どこか焦りを感じさせる。
『何をそんなに焦ってるんだろうな? でも追い詰められ具合じゃ俺も負けねぇよ?』
『何を張り合ってるんですか。でも確かに身に着けているものといい、なにか変な感じですね』
考えても仕方がないと思い、俺は話を続けていく。
「そう仰られるからには、ギルマスには何か思うところがあるようだ。だが俺にはない。これは俺がそれを問題だと思っちゃいないせいかもしれませんね。ギルマスの思うところを教えちゃ貰えませんか。そうすりゃ俺だって、思い当たるフシがあるかもしれない」
「どうやら君は、自分達がそれなりに有名だと言うことを知らないらしい」
『そうなんですか?』
『姉さんが目立つんだよ。何せあれだからな』
俺が知られているのは、あくまでそのおまけだ。本当に自慢にならないが、《鬼の腰巾着》などと呼ばれているのは知っている。
「と言うと?」
「君が一人の少女を連れ立って帰ったのを見た者がいる。フェンネル君の姿はなかったそうだが?」
町に戻ってせいぜい一時間程度しか経っていない。
狭い町とはいえ、どれだけ情報が早いんだ。
てっきり今の自分の状態のことを、引き合いに出してくると思っていただけに虚を付かれた感じだ。
恐らくは、向こうもそれを狙ってのことだろう。
俺は、一度大きく息を吐いた。
『ど、どうするんですか!?』
『慌て過ぎだ。あれを姉さんだと思うやつはそうはいねぇよ。まぁけど』
『けど?』
剣と盾は姉さんのものだ。ボロボロになってほぼ原型は無くなっていたが、防具だってそうだ。
新米ならともかく、姉さんを知っていて、あれを見て何も思わないような冒険者は今すぐ引退したほうが良い。
間違いなく眼の前にいるギルマスは、その異様を聞き知っている。
『改めて俺を見て確信しやがったな、なんでこんな突拍子もない事を簡単に受け入れられるんだか。ここいらが潮時だな。多少は頭も煮えてくれていれば良いんだが』
熱くなればそれだけ注意力も落ちる。そうなれば多少の嘘も見落としてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていたが、この様子ではとても無理そうだ。いらぬ欲を出して本格的に不和を招くのは面白くない。
「降参です。あまりに突拍子もない事なんで頭がおかしいと思われないか不安だったんで、できれば秘密にしておきたかったんだが、これ以上はどうやら別の誤解をされそうだ」
「君がフェンネル君を殺害したとかかな?」
「そりゃ無いでしょう。立つなら俺が幼女を拐かしたとかでしょうかね」
「なるほど、違いない」
そう言ってギルマスが笑った。
俺もそれに合わせて笑っておく。
面白くはないがな!
◆◇
「得体の知れない何かに時間を喰われた、と?」
タイムの存在に関しては極力伏せつつ、ギルマスヘ事のあらましを説明した。
タイムだって俺にとって得体の知れない存在だ。嘘は言っていない。
「ギルマスが聞いたその少女は姉さんですよ。どうですか、信じられないでしょう?」
俺の問いにギルマスは首を横に振った。
「確かに信じがたいことだ。だが、国の要職、そしてギルドの要職につく者にその話を軽んじるものはいない」
『お前結構有名みたいだぞ』
『そうみたいですね。どこかに私の仲間がいるんでしょうか』
「その昔、その禁呪を用い、世界を滅ぼそうとした魔道士がいたのだ」
『えっ!?』
「えっ!?」
俺と一緒にタイムも驚いている。
「驚くのも無理はない。遥か昔のことで、民間では資料がほとんど残っていないはずだ。だが、私の様な立場にいる者には確かなこととして伝えられている」
「それこそ眉唾物では」
「いいや、詳しくは言えないが、これは確かなことだ」
「もしかして、死ぬ直前に、いつか必ず復活するとか言い残してたりするんですかね」
ギルマスは無言でうなずいた。
『わ、私は違いますからね? ただの精霊ですし!』
『検討しておく』
『ソルトさん!? 処分ですか!? 処分方法をですか!?』
タイムが騒いでいるが、黙殺する。
もとよりタイムがその魔道士だとは考えていない。
世界を滅亡させようとする魔道士が、こんなうかつな復活をするとは思えないからだ。
とは言え、気に留めておく必要はあるな。
「そんな話を俺なんかにしても大丈夫なので?」
「なに、先程も言ったように失伝しているだけだ。もとより知っている者もいるだろう。それが事実であるとまでは思っていないかもしれないがね。それに何より被害にあった君達に秘密にしておいては、無用な不安を煽りかねない。むしろ知っておいて貰いたい」
暗に適当なこと言いふらすなってことじゃねぇか。
正直、今すぐここから逃げ出したい。
今更嘘だと言い出しづらい。
下手に事実を言っても俺がやばい。
「君達は運がいい。その禁呪をかけられたものは、一人の例外なく、塵一つ残さず消滅したと聞いている」
『おいっ!』
『ひゅ~~ぴゅ~』
頭の中で下手くそな口笛が響く。
こいつは後で折檻する。
無事に帰れたらな!
「あー、それなら別件とかじゃないですかね」
「それならそれで構わない。だがこれに関しては後手に回ってからでは遅いのだ。いや、すでに後手に回っている可能性もある」
「そ、そうっすね」
ぐぅの音も出ないほどの正論である。
もうまともに目を合わせられそうにない。
「申し訳ないが、私は急ぎやるねばならないことがある。君達には改めて依頼をするかもしれない。できれば街から出ず、いつでも連絡を取れるようにしておいて欲しい。拘束費としてその間の経費はすべてこちらで出そう。よろしく頼む」
できれば先払いで頂きたい。
でも言い出せる気がしない。
「わ、わかりました」
わずか一日で人生の難易度が跳ね上がった気がする。
俺はギルドを後にすると、重い足取りで姉さんの家へと向かうことにした。