第46話 オレガノの不在
「他のお二人はどうされたんですか? ……まさか!」
ミントとソルトがいないのを見て、アンゼリカが声を荒げる。
「ああ、心配いらないよ。今は別行動をしているだけさね。そんな事よりこの惨状は一体どうしたんだい?」
あたしはギルド内を見回しながら、アンゼリカに尋ねた。アンゼリカはどう答えるのか迷ったのか、口元に手を当てて、何やら考え込む。
その後、少し声を落としてから話し始めた。
「……既にお聞きのことと思いますが、アカンサス内で多数のグールが発生しました。ギルド内のこの惨状は、ギルド職員、及び、ここへこられていた冒険者の中にグールとなった方が居たためです」
「それで、その者たちはどうなったのだ?」
「ギルドへ来られていた他の冒険者の方々のお力添えにより、既に事態は収束しています」
アンゼリカは極めて事務的な口調で回答する。それはまるで、自分の中の感情を押し殺すかの様な話し方だ。
同僚に同じギルドの冒険者、無理もないね。
「出来ればギルマスと話したいんだが、今大丈夫かい?」
あたしの疑問に、アンゼリカは首を横に振った。
「いない? こんな状況でかい? まさか陣頭指揮を取ってるわけじゃないだろうね? 状況が錯綜しているこんな状況で陣頭指揮を取るなんて――」
「ありえない」そう続けようとしてはあたしは思いとどまる。どこかのギルマスがつい先日、先頭に立って洞窟に殴り込みに行ったのを思い出したためだ。
あちらは最大戦力を投入したいがためだったが、こちらも違うとは言い切れない。
すでに、優秀な誰かの手によって、ボスに目星が付けられているのかも知れないためだ。
「おっしゃる通りです。全くあの方ときたら……。申し訳ありませんが、もし見かけたら戻るよう言って貰えないでしょうか。恐らく冒険者の仕事を奪いたいかのように先陣を切っておられるはずですから」
「……わかった」
あっけにとられて言葉を失う中、そう絞り出すのが精一杯だった。
「まぁギルマスが居ないならしようがないさね。すまないが、今から言うことを伝えて貰えるかい?」
「何でしょうか」と問うアンゼリカに、事情を説明する。
「なるほど、判りました。ですがそれをそのまま冒険者の方々へお伝えするわけには参りません。なぜならそれだけでは信憑性の薄い情報でしかありません。貴族が関わる事柄に関して、不確かな情報を吹聴することはことさら注意すべき問題だからです」
「事は一刻を争うんだ。そんな事を言っている場合じゃない」
リナリアが叫ぶ。その声で周囲で忙しなく動く人々から注目が集まる。
「ええ、ですから、貴族の関わっている事柄に関しては伏せてお伝えさせて頂きます」
「いいのかいそんなので」
「構いません、ボスがいたとしても、多少優先順位が前後する程度です。いずれにせよグールは全て討伐しなければなりません。見敵必殺の精神です」
「だからそれじゃダメさね」
「例えのお話ですよ」などと言っているが、そうとは思えない。このギルドの人間は血の気が多いんだろうかね。
「それじゃあ頼んだよ」
「ええ、ギルマスの事を宜しくお願いします」
「ああ、分かった」
あたしはそう返事をし、リナリアを引き連れて冒険者ギルドを後にした。




