第41話 涙
姉さんとリナリアが部屋を出て、少し経った後、ミントちゃんとリユルゼは普通に会話できるほどに回復した。
「こんな事なら姉さんを追い立てなくても良かったかもな」
もう少しかかるものと思っていた。が、二人はしっかり意思を持ってこちらを向いている。ただ、まだまともに動けるほどには回復していないらしい。俺はその間に今の状況説明する。二人はその説明を神妙な面持ちで聞いていた。
「……そんな事が……ネリネ様」
リユルゼは立ち上がると、ネリネのいた場所へ走っていく。どうやらこちらが事情を説明している間に、しっかりと回復したようだ。
「特に後遺症はないみたいですね」
「もっと厄介な薬物でも使われてたらと気が気じゃなかったが、そうでもなかったみたいだな」
「ソルト君……いいの?」
「ああ、いや、良くない」
俺はミントちゃんに促されリユルゼの後を追いかける。
階段を上がると、そこは俺が吹き飛ばした瓦礫が散らばっている。だが、アルカイドに消滅させられてしまったため、ネリネの遺体はそこには存在しない。
階段を上がったリユルゼは、呆然とあたりを見回している。ほどなくして、何かを見つけたのか、その場へ歩み寄り、拾い上げる。それは、クラリスが送った首飾りの欠片だ。
俺が隣に立つと、リユルゼが誰にともなく話し始めた。
「別に、私は仲が良かったわけじゃないんだけどね。でも、お姉ちゃんと仲が良かったのは、子供の頃からずっと見てきてたんだよ。いつかずっと先にこんな事があったよね。なんて話す日も来るのかな、なんて今朝までは考えてたりしてたんだ。それなのに、お姉ちゃんを生き返らせるから……私に……死んで欲しいって……馬鹿な人だよね。二人して……馬鹿だよ……こんなっ……こんなあっさり……いなくなっちゃった……みんな……みん……な…………いなく…………いなく――――」
堰を切ったようにリユルゼはその場に泣き崩れる。それを止めることなどできようはずもなく、俺達はその場でリユルゼが泣き止むのを待ち続けた。
◇◆
「ごめん、急がなきゃいけないんだよね」
真っ赤に腫らした目を拭いながら、リユルゼが立ち上がる。俺達は一度互いに顔を見合わせた後、リユルゼに話しかける。
「もう良いのか?」
「うん、もう大丈夫だから」
「そうか」
無理をするな、と言ってやりたいところだが、この状況下ではそうも言ってられない。
「それでこれから私達はどうするの?」
「一先ず屋敷の中で安全な場所を探そう」
俺がミントちゃんの問いに答えていると、タイムが不思議そうな顔を浮かべる。
「ここが安全な場所じゃないんですか?」
「一見安全に見えるけどな。袋小路だから扉抜けられると逃げ場がないだろ? それなりに準備してからならともかく、飛び込みで立てこもるには向かないよ」
扉はさして頑丈そうではない。その上バリケードを築くにも、なんの材料もない。アルカイドのやつがこういう状態を、故意に作り出したいがために、ここを選んだんじゃないかとさえ思えるほどだ。
「かと言って、ここを飛び出せば当然危険が待っているわけだ。そこでタイム、お前の出番だ」
「その振りは嫌な予感しかしませんよ!? 何をさせるつもりですか!?」
タイムが慄きながら俺から距離を取る。すぐに逃げ出せるような態勢だ。だが、どうせそんなに離れられないのだ。俺はそんなことで焦りはしない。
「お前に先に進んでもらって誘導して貰おうと思う。どの道お前の言ってた妙な感じの原因も探らないといけないしな」
「私を便利に使いすぎでは!?」
「タイムちゃん、ごめんね」
「使い魔って便利そうだよね」
申し訳無さそうなミントちゃんをよそに、リユルゼは別の方向に興味を抱き始めている。契約の仕方を尋ねられても、答えられもしないので話を進めよう。
「いたとしてもグールだからな。天井から見下ろすように進めばそうそう襲われもしないだろ。きっと」
「気休めならせめて断言して下さいよ……」
「俺はお前に嘘を付きたくないんだ」
「良いセリフみたいに言ってますけど、とんだ畜生発言ですからね!」
俺達のやり取りを傍から見ながら、ミントちゃんとリユルゼの二人は「仲がいいねー」などと呟いている。思い切り泣いて気が晴れたのか、心持ちリユルゼが元気を取り戻しているような印象を受ける。
「ほら、タイムさっさと行くぞ。もしこれ以上増えたら手におえないだろ?」
「うぅ、わかりましたよ」
こうして俺達は屋敷へ一歩踏み出した。




