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第3話 ギルドマスター

 依頼は失敗した。


 当然である。姉さんの装備は間に合わせにすらなっていない。

 そんな状態で、もう一方の順路を確認できるわけがない。

 いくらなんでもそれは無謀が過ぎる。

 あまりに思いがけない事態に陥り、まだ仕事が残っているのを失念していた。


 素材を売って得た金は、どうにか30リジーに届く程度だった。

 ゴブリンを九匹倒したこともあり、報酬の半分を貰うことは出来た。


 その後、試しに1リジーだけタイムに預けてみた所、まるごと腕輪に吸収されてしまった。

 やはり渡した金は返ってきそうにない。


 残金149リジー。


 いや、報酬を姉さんと分けないとな。


 残金84リジー。


 これは詰んだ。


 酒場の一角で途方に暮れていると、見かねた店主がキーべの根を出してくれた。

 甘みの強い根野菜である。シャキシャキとした歯ごたえで調理の手間もあまりかからないため、酒を飲みに来た連中がとりあえず、と最初に頼む事が多い。

 何一つ香辛料の振られていないはずのそれは、何故だかしょっぱかった。


 姉さんはここにはいない。今の姉さんでは騒ぎになりかねないと思ったからだ。

 それに今日はもうじき日も暮れる。ミントちゃんに説明する時間も必要だろう。

 ……果たして信じてもらえるんだろうか。不安だな、後で様子を見に行くとするか。


 一方、俺はと言えば、多少首を傾げられるくらいで、騒がれもしなかった。

 これに関しては、うまくことが運んだはずなのに、釈然としないのは何故だろうか。


 俺は(おもむろ)にリジーをテーブルへ並べていく。


「何度数えても増えないんだが」

『なに生産性のないことしてるんですか。数えても増えたりしませんよ』


 タイムが腕輪に宿ったまま俺に語りかけてくる。どうやら対象を絞れるらしく、声は俺にしか聞こえていない。

 こちらからも念じることで会話できるというのだから、思いの外、多芸である。


『てっきり信じてもらえないと思っていました』

『信じてはいない。でも軽視するつもりもない』


 本来であれば自分から精霊と名乗るような魔物の言うことなど取り合わず、とっくに解呪を試していた。

 ただ、思考とは別の所、本能のような物が軽視すべきではないと訴えている。

 こういう事は度々あった。そして、軽々しく扱って良かった事など一度もなかった。

 

 さりとて首が回らないのも事実である。

 金は突然降って湧いたりしない。これもまた、避けられない事実である。


「解呪……解呪か、そうと知って試すバカはいない、か。くっくっくっ」


 洞窟で自分が口にした言葉を思い出す。

 まぁ物は試しだよな。エリオなら解呪も出来るだろうか。


「いや、落ち着け、まずはセインに――」

「ソルトさんですね。ギルドマスターがお呼びです。ご足労願えますか?」


 ぼやいていると、いつの間にか傍に来ていた、受付の子が話しかけてきた。

 記憶が確かなら、新人でディールという名前だったはずだ。

 まだ仕事に不慣れな彼女を、中堅の冒険者が粉をかけていたのを見かけたことがある。

 それを姉さんが追っ払っていたから、たまたま覚えていた。


「ギルマスが俺を? 何の用だ?」

「さぁ、私は伺っていません。それは直接お聞きください」


 それもそうだと思い、わかったと告げる。

 俺はディールに案内されるまま、ギルマスのところへ赴くことにした。


◆◇


 長年冒険者を続けて、初めて通されたその部屋は、比較的簡素な部屋だった。

 無論、目上の者を招いても失礼に当たらない程度の装飾はある。

 だが、ギルマスという地位についているのだから、もっと豪奢な内装だと思っていたため、拍子抜けである。


 仕事用の机、来客用ソファー、資料用の棚。本当に最低限だな。田舎だとこんなものなのか?


「やぁソルトくん。よく来たね。どうぞ座ってくれたまえ」


 部屋に入ると、口ひげをはやした紳士が俺を出迎えてくれた。

 およそ、冒険者ギルドには似つかわしくない、きっちりとした装いだ。この場にいなければ、貴族と言われても信じていたかもしれない。

 冒険者ギルドは、もっと大柄で豪快な男が仕切っていると思っていたが、予想を大きく外した。


『ソルトさん、ソルトさん』

『どうしたよ』

『あの人が身につけてる装備すごいですよ。全て膨大な魔力を帯びてます』


 おや、これから戦争にでも行く気かな? 相手は俺じゃないよな?


 魔力を込めるためには、相応の素材が必要となる。そのいずれもが高価なものである為、魔力が宿った装備は一つだけでも大きな財産である。100ジールは下るまい。

 そして、当然ながら魔力を宿した装備は強力な武器、防具となる。

 ただ、ギルマスの装備はどう見ても戦闘用のものではない。ちょっと意味がわからない。


 いや、ギルマスと言えば相応に身分が高いしな。暗殺とかを防ぐ効果でもあるんだろう。


『でもあれ、何かしら意味を持った魔力には見えませんね。あっ、でも暗いところで発光しそうですよ』


 本当に意味がわからない。と言うかこいつそんな事までわかるのか。


『きっと魔力タンクですね。あの構成なら宿した魔力を利用することもできるはずです』


 なるほど、ただの馬鹿かと思った。そうだよな。ちょっと安心した。

 まぁそれは別のものでやれよとは思うけどな。


『おい、あの魔力を奪えたりしないのか』

『……なかなか物騒なこと言いますね。んー、どうでしょうか。魔力の譲渡は高い技術と膨大な魔力が必要です。あの魔力なら、そうですね。十日分くらいにはなるかもしれません。でもあの人が魔力の譲渡を行えるかは未知数です』

『十日分……まじか。硬貨の方がよっぽど少ない魔力のはずだろ?』

『ソルトさんは誤解されています。私は魔素と言いましたよ?』

『その二つは違うのか?』

『もちろんです。魔素というのは、魔力が凝縮する際に僅かに放出される――』

『いや説明はいい、違うってことがわかれば今は十分だ』


 そんな話は聞きたくない。魔力が凝縮って魔物化する瞬間ってことじゃねぇか。

 誰が戦闘前にそんな悠長なことをするものか。


『硬貨の方が少なく済むのはなんでだ?』

『変換効率の問題ですね。硬貨の方が効率がいいのは含まれている材質が原因だと思います』

『……ただの銅貨じゃなかったのかよ。ん? 待て、それならその素材だけ取り込めばリジーは戻ってくるんじゃないか?』

『でもそれ偽造ですよ? 良いんですか?』

『待て待て待て、偽造? あれ偽造になるのか?』


 含まれた素材の一部を取り除けば成分が変わる。それがもし偽造防止として機能しているのであれば、下手をすれば極刑である。


 ギャンブルはまだ早い。同じ賭けるなら俺は解呪に賭ける。

 だって偽造しても結局何も解決してないからな!


『そうか! 偽造だな! ちくしょう! いや、でも銅として売れば多少は回収できるはずだな。これは偽造じゃない』

『そもそも100リジーには足りてませんよ?』

『……売った金と合わせれば100リジーには届くはずだから』


 なるよな? ならないか? 何しろ銅の相場など気にしたこともない。

 不安になってきた、瀬戸際にも程がある。

 とは言え、明日くらいはどうにかなりそうだ。ならなければもう姉さんに借りよう。

 明後日のことは明後日考えよう。


「ソルトくん、どうかしたかね?」


 気づけばギルマスが、訝しげな顔をこちらへ向けていた。

 いかん、今日を乗り切るのに必死になってた。

 俺はいつソファーに座ったんだろう。


「いや、色々驚いたもんで、すいませんね、えっと……ギルマス、それで要件は?」

「依頼の件について詳しく聞きたいと思ってね」

「依頼の件ですか? とは言っても話せることは全部話したと思いますがね」

「私はね、その()()()()()()を聞かせて貰いたいのだよ」


 ギルマスが穏やかな口調で切り込んでくる。

 どうやら今日という一日は、まだ終わってくれそうにない。

 

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